存在理由 | ナノ






スイスとイタリアの国境まで来て漸くニナ達は列車に追いついた。メッシーナとシーザーが手荒くジョセフを叩き起こしてる側でニナは実を縮こまらせている。

「大丈夫ですかニナ?そう言えばあなた…寒さには弱かったですね」
「着込んでいるのでなんとか」

短い会話の最中も息が白くなって消えていく。ニナは素肌に触れるガラスの冷たさに耐えかねて服の上からボトルを握りこんだ。すると手の内がジワリと暖かくなる。不思議な現象に覗き込みたくなる欲求がニナの胸の内に浮かんだが、それも後ろから鳴り響くクラクションの音に掻き消された。
血気盛んなジョセフが飛び出していく。他の四人は座ったまま振り返って目を丸くした。

「ナ……ナチス!」

思わぬ存在の出現に動揺が走る。後部座席に座った男がジョースターとジョセフを呼ぶ。戸惑うジョセフを置いてナチスの車は走りだし、いつの間にか列車を取り囲んでいたナチスの将校達の元へと向かった。

「あの紋章は!?あの小包は」

手渡された小包を破り捨てた男の手には燦々と輝く赤石が掴まれている。どうやらジョセフと何らかの因縁があるらしい男に従ってニナ達はナチス軍へのロッジへ向かうこととなった。


「なんか小腹が空いてきちまったなあ」
「相変わらず緊張感のない奴だな」
「ほら、俺まだまだ成長期だしー?なんか貰いに行ってくるかね」
「私はお手洗いに行ってきます」

ニナとジョセフは連れだって部屋を出て別れた。足早にトイレに向かったニナは鍵をかけてボトルを引っ張り出す。手のひらより一回り小振りなボトルの中にみっしりと育った肉塊――エシディシが詰まっていた。出発する前にニナが入れた血液はすべて吸収されたのか一滴も残ってはいないようだ。その成長の速さにニナの頬がひくついた。
とりあえず洗面台の上で蓋を取りボトルを逆さにするとずるりと出てくる。うぞうぞと蠢くもののまだ素早い動きは出来ないらしい。

「…さて、どうしようか」

ニナの声にぴくぴくと反応するそれを指で突く。触れるニナに細い血管らしいものが巻き付いた。少し警戒するものの、痛みなどは無くむしろ冷えた指先がじんわりと暖かくなっていく。どうやら熱を発しているらしい。

「…さっきボトルが暖かくなったのもこれか。君なりの恩返しか何かなのかい?」

巻き付いた血管が一度締め付けを強くする。仇であり、彼らの生態からすると餌でしかないであろう人間にも恩義を感じるとは律儀と言うか義理堅いと言うか。いや、彼らなりの戦士としての誇りなのかもしれない。出会い方を間違えていなければ何か和解の方法もあったのではないか。そんな甘い考えがニナの脳裏に浮かんだが、一度首を振って打ち消す。誇り高い種族だと自負する彼らが下等な存在と位置づけている人間と交渉する可能性は未知数だ。そしてなにより戦いはもう始まってしまっている。
ニナは一度ため息をついてからこれからどうするかを考えた。サイズからしてもうこのボトルには厳しいだろう。なによりこれは元々ペンダントでもなんでもないものをニナが自分で加工して作ったものである。強度もないしこれからの事を考えると鎖から引きちぎれてしまう可能性も重々考えられた。日没後ならともかく日が出てるうちにそんなことになったら今のエシディシでは直ぐに死に絶えてしまうだろう。
しかし、この大きさのものを他の人間の目にも触れさせず、かつ万が一の時の為に身に触れさせておけるようなものは考え付かない。にっちもさっちもいかずにニナが頭を抱えたその時。階下から爆発音とも炸裂音ともつかない轟音が聞こえた。地響きの様に床が震える。何か問題が起こったらしい。このままではリサリサたちが直ぐにでも様子を見に行くだろう。そこにニナの姿がないのは不審である。ニナは一瞬考え、洗面台から手で掬い上げ服の隙間から背中へと滑り込ませる。
エシディシもニナの意図を察したのかべとりと張り付くような形になった。それを確認してニナはトイレを飛び出し階下に走る。

「リサリサ先生!」
「ニナ!」

階段下で合流し音の発信源の部屋へと急ぐ。部屋の壁には大きな穴が開いていた。そしてその穴からジョセフと見知らぬ男が一人立っているのに気づく。背中のエシディシがニナに何かを伝えようかとする様に僅かに熱を発する。男は一瞬室内に目を向け、ニナを見て固まった。しかしそれも刹那の間で、シーザーが男をカーズと言った瞬間崖の方へと走り出した。
断崖絶壁へのチキンレースはカーズが勝ったと思いきや、赤石はジョセフの機転により彼の手に渡った。しかし足から飛び出たサーベルがジョセフの肩に突き刺さる。崖から姿を消したジョセフを追ってニナ達も駆けだした。崖を覗き込むと、壁面に叩きつけられたジョセフがカーズに向かって跳ね返る所だった。万事休すかと思われたが、ジョセフがカーズの振りかざした刃の先に赤石をかざすとピタリと止まる。

「きさまっ!」
「き…切れるわけないよなあ!「赤石」ごとこのおれを真っぷつにできるわけないよなあ」

波紋を纏わせた蹴りを避けるためにカーズが体勢を崩した。その隙にジョセフはくっつく波紋でつららをロープ代わりに繋げていく。カーズの言うとおり長さが足りる筈はなかった。しかしジョセフの作戦に感付いていたシーザーが足りない分を補う。カーズは一人崖底に落ちて行った。

「軍人!いばらないならいっしょに協力してやってもいいぜ」

背後での会話を聞きながらニナは崖下を覗いていた。カーズの姿はもう見えはしない。しかしそれでもニナはジッと見つめ続けていた。


カーズとの邂逅

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