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手早く下準備を終え、遼一は時計を見上げる。針は六時を少し過ぎた所を指し示していた。このまま直ぐ焼いてしまうか、タネを少し寝かせるか悩みどころだ。

「二人とも腹の減り具合は?」
「減ってる」
「菜々子もぺこぺこ!」
「分かった」

人参のグラッセはもうできているし、コーンとほうれん草はバターで炒めよう。…スープもコーンクリームだが子供はトウモロコシ好きだしいける筈だ。サラダは全員分盛ってしまってもいいだろうか。遼一は止まることなく動きながら次にすることを考える。
くつくつと煮えたスープをよそい、菜々子に持って行かせると最後のソース作りに掛かる。中濃ソースとケチャップ、砂糖。酸味が効き過ぎない様に気を付けて付け合せと共に乗せてあるハンバーグにソースをかけると遼一は一度頷いた。納得のいく仕上がりだ。

「はい、お待ちどおさま」
「わー!美味しそう!」
「お前…料理なんて出来たんだな」
「寮で鍛えられたから」

それに料理自体は母さんともよくしていた、あなたが知らないだけで。心の中でそう呟きながら遼一も席に着く。うずうずとしている菜々子にクスリと笑いながら手を合わせた。

「いただきます」
「いただきまーす!」

もぐもぐと食べ始める菜々子の頬に着いたソースを拭ってやる。頬を膨らませる姿が小動物の様で微笑ましい。

「お兄ちゃん美味しい!」
「そりゃよかった」
「…良かったな菜々子兄ちゃん帰ってきて」
「うん!」
「こいつな、お前が帰って来るの楽しみにしてたんだぞ」
「そうなんだ」
「菜々子ね菜々子ね、お兄ちゃんと遊園地行ったの覚えてるよ!」
「…そっか」

遊び疲れて寝てしまった菜々子を母と二人交代で負ぶって帰ってきたのを遼一もよく覚えていた。三歳になったばかりだった菜々子が覚えているのは驚きだ。
はしゃぎながらの食事に菜々子も疲れてしまったのかうつらうつらとしている。遼一は急いで風呂を沸かしにかかった。
一人で入れるという菜々子を心配になりながら見送る。

「一人で入るのは慣れてる。大丈夫だ」

遼太郎の言葉に、慣れているのではなく慣れなくてはいけなかったのではないか、と言いたくなるのを遼一はグッと堪えた。どうにもこの人の前だと神経が逆なでされるような気分になる。子供じみた反抗心だと遼一は苦笑したくなった。

「学校には明後日から行くのか」
「ん。明日制服取ってくる」
「制服は大丈夫なのか?向こうの学校の都合だかでお前採寸できなかっただろ」
「寸法はちゃんと伝えてあるから大丈夫だよ」
「にしても入学式直前にインフルエンザたあ…気が緩んでるんじゃないか」
「今後気を付けるよ」

有無を言わせぬ口調で遼一がそう言い切れば、遼太郎はほかに言うこともなかったのだろう、むっつりと押し黙る。無言の時間がしばし続いて遼一は腰を上げた。

「部屋いって荷物片すから」
「分かった。…ああ、そうだ。明日から一人同居人が増えるからな」
「同居人?」
「姉貴の息子で…お前の一個上だな。何度か会ったこともあるんだが…覚えてないか」
「覚えてないね。…まあいいや、分かった」

それだけ言うと遼一はさっさと居間を出て階段を昇った。気詰まりする空間から逃れて遼一は大きく息を吐く。…これから三年間こんな所で生活をするのだと思うと気が滅入って仕方ない。
気怠い体を動かして短いメールを打つ。

『今すぐ帰りたい』

送信してほんの数秒で返ってきたメールを見て、遼一は小さく笑ってしまった。

『馬鹿言ってんな』
「…優しくないなあ」

このメールを送ってきた人が、どんな顔をしているのか。きっと大げさに顔を顰めているに違いない。不甲斐ない俺に怒っているのではなく、実は心配している顔だと分かるのは居るだろうか。そんなことを考えて遼一は少し軽くなった気分と共に荷物を解き始めた。