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菜々子の口から聞かされた貧相過ぎる食生活に遼一は数秒頭を抱え、次の瞬間置手紙を書くと菜々子を連れて遼一は家を出た。ポカンとした菜々子に買い物に行くと言うとジュネスに行きたいと言われるが、遼一の記憶にそんな所はない。菜々子曰く少し離れた所にあるらしい。遼一としてはあまり時間をかけたくなかったが、菜々子の瞳が期待に輝いているのを見て諦めてジュネスとやらに向かうことにした。
辿り着いたそこは確かに子供が喜びそうな大きなショッピングセンターだ。繋いだ手の先で嬉しそうに周りを見回す菜々子を見下ろしてから遼一は近くにあった案内図を見る。ジュネスはかなり広く、子供の遊べるスペースもあるようだ。入り口にある時計は三時過ぎを指している。さっさと買い物を終えれば少しくらい菜々子を遊ばせてやれるかもしれない。

「夕飯、何が食べたい?」
「お兄ちゃんが作ってくれるの?」
「ああ」
「えっと、えっと…ハンバーグ!」

子供らしいリクエストに遼一は思わず笑ってしまう。自分も幼い頃よく母に強請ったものだ。菜々子はそんな些細な事すら出来なかったのだろう。言ったはいいものの、こちらを探るような目に思わず目を逸らしてしまう。

「分かった。中にチーズ入れてやろうか?」
「そんなのできるの!?」
「ん。デミグラスソースがいいかな…」
「でみぐらす…?」
「あー、まあ美味いの作ってやるよ」

首を傾げる菜々子を連れて遼一は食品売り場に向かった。挽肉や玉ねぎなどハンバーグの材料以外にも付け合せの野菜を籠に放り込む。ついでに目についたコーンスープの缶も買っておいた。レジの近くまで行くと菜々子の動きが止まる。彼女の視線の先を見ると、ケーキが置いてあった。

「菜々子はケーキは何が好きなんだ?」
「え?」
「食べたいんだろ?好きなの買っていいぞ」
「でも…お父さんにおこられちゃう…」
「いいよ、兄ちゃんが帰ってきたお祝いだって言えば」
「じゃ、じゃあショートケーキ食べたい!」
「ん」

苺がふんだんに盛られたショートケーキと、少し考えて遼一はチーズケーキとショコラケーキを選んだ。確か記憶にある限り両親の誕生日に選ばれたケーキはこれだったはずだ。
レジを済ませて手早く荷物を詰める。携帯で時間を確認すると四時前だった。少し考えて菜々子を連れ屋上に向かう。フードコートからは食欲を誘う匂いが漂っていた。一角は子供向けの遊具が置いてある。遼一は財布から硬貨を何枚か出して菜々子に渡した。

「好きなの乗っといで」
「いいの!?」
「ああ。でも時間あんまりないから二つくらいな」

嬉しそうに頷いた菜々子が駆けて行く。昔ながらのパンダの乗り物に乗って、こちらに手を振ってくるので小さく振り返しておいた。

「楽しかったー!」
「そっか、良かったな」

菜々子の小さな頭を一撫でして、歩き出そうとすると手を取られて遼一の肩が小さく揺れる。ご機嫌な顔をして隣を歩く菜々子を見下ろし、遼一は小さく顔を歪めた。少し逡巡した後そっと力を込める。暖かい体温にそっと息を吐いた。


「あ、おとーさん!」

繋がれていた手が離れ、菜々子が駆けだす。玄関前で待ち構えていた遼太郎は菜々子の声に弾かれた様に顔を上げた。

「菜々子!勝手に外に出るなって言ってるだろう!」

思いもしない怒声に菜々子は足を止めた。あの言い方では心配も何も伝わらないだろう。ため息をつきたいのをなんとか堪えながら遼一は足早に近づき菜々子の肩を抱く。

「置手紙はちゃんとしていった筈だけど。第一怒るんなら菜々子じゃなくて連れ出した俺じゃないの…父さん」
「…遼一」

遼一の姿を認めた遼太郎の顔が少し強張る。それに対し遼一はなんの表情も浮かべずに遼太郎を見つめていた。

「…お、かえり」
「ただいま。夕飯の材料買ってきた。これから準備するから少し待ってて」
「あ、ああ」

気まずそうにする遼太郎の側をすり抜け家に入ろうとして、裾を引っ張られる。振り返れば不安そうな顔をする菜々子が居た。苦笑しながら菜々子を撫でておく。なんでもない、と言うのは流石に通じない気がして遼一は何も言ってやれなかった。