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鳴上悠は八十稲葉の駅を出てぐるりと辺りを見渡した。今までいた町とは違い随分とのどか…悪く言えば寂れた所だな、という感想を抱く。空気が美味しく感じられるのはありがたいことだが。

「おーい、こっちだ」

こちら向かって手を振る男性の姿を見つけて歩み寄る。悠が近づくと男性は手を差し出してきた。それを一度握り返す。

「おう、写真より男前だな。ようこそ、稲葉市へ。お前を預かることになってる、堂島遼太郎だ。ええと、お前のお袋さんの、弟だ。一応、挨拶しておかなきゃな」
「よろしくお願いします」

悠の言葉に遼太郎はニッと笑った後、感心したように息を吐いた。

「しっかし、大きくなったなー。ちょっと前までオムツしてたと思ったが…」

遼太郎の言葉に悠は少し苦笑いを浮かべた。遼太郎と会うのが十数年ぶりの様に、悠の一家は親戚付き合いが多い方でもないが、久しく会っていない親戚と言うのは皆同じ様なことを言う。

「こっちは娘の菜々子と息子の遼一だ。ほれ、お前ら挨拶しろ」
「……。…にちは」

小さい声で挨拶をした菜々子は顔を赤くして遼一の後ろに隠れる。遼一はそんな菜々子を一度撫でてから悠に顔を向けた。

「堂島遼一です。妹共々よろしくお願いします」

ぺこりと下げられた頭に悠も同じく頭を下げる。遼一の身長は悠と遼太郎より気持ち少し低い程度だろうか。悠と向かい合ったその顔には菜々子の様な警戒心も無ければ、遼太郎の様な親愛の情と言ったものも見受けられない。無関心、というのが一番合っているように見えた。
そのまま少し立ち話をして堂島家の車で家に向かうことになった。車に向かう前に堂島家の住所などを書いたメモを落としてしまったが、運よくすれ違った少女が拾ってくれた。来て早々個人情報を落とす、なんて失態をせずに済んで良かったと悠はこっそりと息を吐く。
途中でガソリンスタンドに寄ることとなった。菜々子はトイレに向かい遼太郎は店員と話をしている。悠は隣に座る遼一を見てギョッとする。遼一が酷く険しい顔をしていたからだ。

「どうか、したのか?」
「…ああ、いえ。少し酔ったみたいで」

そう言うと遼一はドアを開けて出て行った。外の空気でも吸いに行ったのだろうか。悠も一人残るのもなんだとドアを開けて外に出る。遼太郎は少し会話すると一服しに行き、ガソリンスタンドの店員と話すことになった。
接客業の賜物か親しげな空気を醸す青年と握手を交わしていると菜々子が戻ってきた。菜々子の顔を見た途端、ぐらりと眩暈がした。そんな悠を菜々子は少し心配そうな顔をして見上げる。

「…だいじょうぶ?車よい?ぐあい、わるいみたい」

戻ってきた遼太郎も気遣ってくれた。少し周りを見て回ろうかと考えて、同じく車酔いをした遼一のことを思い出す。どうせなら声をかけてみようかと彼の方を見て、悠は息を飲んだ。先程までは無関心さをありありと浮かべていた遼太郎の顔に、違う色が浮かんでいる。警戒しているような、観察をしている研究者の様な不思議な表情。しかし、それも一瞬だった。遼一はスッと悠から視線を外し、トイレの方へと歩いていく。
…今のは勘違いか何かだ。そう自分に言い聞かせながら悠は商店街の方へと歩を進めた。

堂島家につくと、荷物を置きに用意された部屋に向かう。必要最低限の家具のほかにテレビやラックなども置かれていて至れり尽くせりだな、と悠は小さく微笑んだ。今まで両親の都合で他人の家に預けられたことは何度かあるが、今回は一番良い感情を持ってもらえている気がする。溶け込めるよう自分も努力しなければ。そう考える悠の脳裏に先程見た遼一の顔が浮かんで慌てて頭を振った。


「」