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04/11 曇り

朝早く起きた遼一は手早く支度を整えると、居間に降りる。玄関を見ると遼太郎の靴は無くなっていた。忙しないことだと思いながら遼一は机に置かれたメモを手に取った。

『昼過ぎには戻る。悠を駅まで迎えに行くから支度しとけ』

悠、というのは昨日言っていた従兄の事だろう。説明不足に頭を痛めながら遼一は菜々子の朝ごはんの支度を始めた。

「おはよう菜々子」

階段を下りてきた軽い足音に声をかける。何の反応もないのを不思議に思って階段の方を向くと菜々子が頬を赤くして目を丸くしていた。遼一はさっと手を拭くと菜々子に近寄って膝を折る。頬に触れてみるが熱は無いようだ。

「菜々子?どうした?具合悪いか?」

遼一の言葉に菜々子はぶんぶんと首を振る。パっと顔を上げた菜々子の顔に笑みが浮かんでいて、そこでやっと遼一は彼女が喜んでいたのだと気付いた。

「お、おはよう!」
「おはよう。もうすぐご飯出来るからな」
「うん!」

菜々子に昼からの予定を伝えて学校に送り出す。遼一も後片付けを終えると家を後にした。
どんよりとした重たい雲の下、遼一はこれと言って当てもなく歩き続ける。家に居るのが億劫で出てきたはいいがどこに行こうか。制服を取りに行くにもまだ店は開いていないだろう。土手までぶらぶらと歩いてきた遼一はポケットから携帯を取り出して、リダイヤルを押した。

『はい』
「おはようございます」
『おお…』
「まだ寝てたんすか?脳みそ溶けますよ」
『溶けねえよ。…そっち、どうだ』
「昨日メールした通り。もう今すぐ帰りたい」
『馬鹿なこと言ってんじゃねーよ』
「だってここシンジさん居ないし。もう無理、一日だけでも耐えらんなーい」
『へえへえ』
「あ、何その返事。信じてないっしょ?俺のこの零れるほどの愛が何で伝わんないかなー。シンジさんのイケズ」
『あー…電波わりいな、何言ってるか聞こえねえわ』
「…シンジさんのバーカ。禿ろ。天辺から禿ろ」
『よし、お前次会ったらイノセントタックな』
「止めて!死んじゃうから俺!」

電話の向こうからくつくつとシンジ――荒垣真次郎の笑い声が聞こえて遼一も頬を緩めた。昨日からずっと張っていた緊張の糸が少し緩んでいるのが自分でもわかる。

「はーあ。なんで美鶴さんも高等部に進学させてくんなかったんすかね」
『あいつなりの気遣いだろうさ』
「…余計なお節介っすね。美鶴さん大好きだから許しますけどー」

思わず口をついて出た悪態に遼一は慌ててお茶らけた声を出した。彼女の事は嫌いじゃない。尊敬もしてるし後輩思いの優しい人だとも分かっている。ただ、今回の事に関しては本当にお節介だと遼一が勝手に恨んでいるだけで。

『これからその余計なお節介焼きと会うから伝えといてやるよ』
「え、っちょ、可愛い後輩が氷漬けになってもいいんすか!」
『頭冷やすのにちょうどいいんじゃねえか』
「ええ…っていうか何?美鶴さんとデート?デートなの?今すぐ邪魔しに行ってもいいっすか?妬けるわー」
『アホか。んじゃ準備あるから切るぞ』
「えー…シンジさん」
『あ?』
「せめてさ、来月の連休はそっち帰ってもいい?」
『…考えとく。それよりお前直ぐ風邪引くんだから体調気を付けろよ』
「はーいお母さん」
『誰が母親だ。…じゃあな』
「はい、また電話しますねー」

ピッと軽い音を立てて通話を終えてしまった携帯をポケットにしまい、遼一は大きく伸びをする。時刻は九時半過ぎ。ゆっくりと歩いていけば商店街も開き始めることだろう。鈍く光る水面を一度眺めてから遼一は商店街に向かった。
まだ目当ての店は開いておらず遼一は神社にでも参ろうかと歩を進める。神社の前に辿り着いた時に、隣から言い争う声が聞こえた。そちらを見るとガタイのいい青年が飛び出してくる。遼一の存在に気付いて睨み付けてきたが、次の瞬間驚いたように目を丸くした。
その反応に遼一が首を傾げると同時。完二!と女性の声がして青年は苦虫を噛み潰したかのような顔をして駆けだした。
…なんだったのだろうか。不思議に思いながら遼一は神社の中へと進む。完二、と女性の呼んだ名前に聞き覚えのあるような無い様な。
賽銭箱に適当に小銭を投げ入れて手を合わせる。目を閉じた遼一の瞼の裏に一瞬幼かった頃の記憶が蘇った気もしたが、それがどんなことだったのか分かりもしないうちに消えて行った。