一撃男 | ナノ

Memento mori



ああくそ、やっと見つけた。少し離れた所にあるベンチとその横に設置された灰皿を見つけて嬉しい反面見つけるまでの手間に腹が立ってナナシは舌打ちを一つした。
歩きタバコを禁止なんてしたのは一体どこの誰だ。世間か。こちとら子供が歩いて居る様な所では吸わないし、携帯灰皿だって持っているマナー正しき愛煙家だ。それなのに一部の馬鹿と、健康健康と騒ぎ立てる健康信者のせいでこんな面倒を背負わされると思うと腹立たしくて仕方ない。というか、マナーの悪い奴がいるせいで規制されるのは仕方ない。だが、健康ってなんだ。この世界でそんなこと呑気に考えているなんてまあいい御身分だ。今日検診に行った孤児院にはまた子供が増えていた。怪人とやらがまた暴れて町が一つ壊滅したせいだろう。そう、平和な日常なんてここじゃ一瞬で瓦解するのだ。煙草の副流煙で健康に被害が、なんて言えるくらいまで長生き出来たらそれに感謝してろよ。
自分でも勝手なことを言っているな、と思いつつもナナシはそんな意味もない事を考えながら、ベンチに腰を下ろして煙草に火を点けた。待ちに待った煙を肺一杯に吸い込んだところで…爆発音が轟く。それと同時に喧しいサイレンが鳴り響いて、ナナシは眉を盛大に顰めた。
気だるげに振り返ったナナシの視界の先に、先程の爆発音がした方向から上がる煙が見える。ついでに言えば先程あったはずのデカいビルは存在ごと掻き消えていた。
公園内に数人いた人間が慌てふためきながらも、混乱することなく一定の方向に走っていく。手慣れたものだなあ、と思いながらナナシはもう一口煙草を味わった。

短くなった煙草をもみ消して鞄から出したペットボトルの中身を呷る。職場に帰れば処理しなければならない仕事が山ほどある。さっきから鳴り響く爆発音の中に職場は含まれていないかな、と僅かな期待を抱くが、どうも少し見当違いな所ばかりのようでナナシは深々とため息を吐いた。
結局名残惜しくてもう一本火をつけた所で、爆発音が近くなっていることに気付いた。ナナシのいる公園の目と鼻の先でもう一度轟音。どうやらヒーローは駆けつけていないか苦戦しているようだ。…今日は空腹の心配はないかな。ナナシがそんなことを考えている間に、ついに側まで来ていたらしい怪人が入り口近くを爆破した。
煙草を消したナナシがそちらを見ると、うじゃうじゃとサソリの様なものが何匹もいる。少々グロテスクな外見にうんざりしたが、そうも言って居られまい。目標を見つけたサソリの化け物がナナシの方へ近づいてくる。

「ごちそうさま」

突如として消えた仲間の姿に、他のサソリたちが狼狽するように止まる。先行した仲間はこの女を爆破しようとしたはずだ。しかし、その姿はなく目の前の女はにやにやと笑いながら口を動かしている。その手に握られているのは見慣れた尾だ。
現状把握が追い付かないサソリの群れを見ながらナナシは至極上機嫌だった。外見にそぐわず中々いい味をしている。これならもう二、三匹頂いてもいいだろう。そう考えながら、一歩踏み出した瞬間。目の前のごちそうが粉々になった。
その代わりにナナシの目の前に居るのは、何度かテレビで見たことのあるS級ヒーローだった。…名前は確かジェノスだったか。ナナシの職場の女子たちがイケメンだのなんだのと噂をしていた。とにかく食事を邪魔されたのは確かで、先程まで高揚していたナナシの気分はげっそり削られていた。

「なにをしている!シェルターに急げ!」
「ああ、はい」

ナナシはその言葉に素直に頷いて鞄を手に取った。先程残しておいた尻尾も、ジェノスがこちらに気付く前に呑み込んでおいた。混乱している人間の様にふらついた足取りを演じながらナナシはふらふらと公園を出る。すれ違いざまに確認したが、触れ込み通り全身サイボーグ化しているらしい。身入りは少なそうだな、と見切りをつけた瞬間ナナシの興味の対象から彼の姿は掻き消えた。
シェルターの方に向かうように見せかけながら、遠回りをして職場に戻ろうと心に決める。道中つまみ食いが出来れば御の字だが…少なくなった爆発音と、出動したS級ヒーローの存在に無理だろうなあ、とナナシはまたため息を吐く。
ああ、今日一日で幸せを随分のがしたなあ。そんな事を考える彼女の後姿を、ジッと見つめていたサイボーグの存在には気づかないまま歩を進めた。