小説 | ナノ



「君の事が好きなんだ」
「…はい?」

友人である花京院典明にそう言われたのは、一か月程前の事だった。転校生だった彼は、転校早々学校一の有名人である空条承太郎と仲良くなった、ということもあり同級生たちからは少々遠巻きにされていた。あんな優等生みたいななりをして実は凄い不良だとか、仲良くしているのはカモフラージュで本当は虐められているんじゃないか、とか散々言われていた。しかし周りには秘密だが、空条先輩と私は時たま屋上でサボっているときにちょこちょこ顔を合わせていたお蔭で交流が有った。なので以前顔を合わせた時にそんな噂に付いて聞いてみれば鼻で笑われたのを覚えている。

『別にあいつは不良でも虐められるようなタマでもねえよ…まあ、優等生ってのも当たってはねえがな』

そんな風に言って笑う彼は初めて見たものだから、本当に仲がいいんだなあ、なんて思ったものだ。そしてその言葉がなんとなく気になって花京院に声をかけ…お互いゲーム好きというのが分かって交流を持つようになった。
そのせいで空条先輩とも普通に絡むようになり、周りの女子から羨ましがられたりやっかまれたり色々あったが三人それなりに仲良く過ごしてきた。そんな中で、いきなり告白されたものだから、私が反射的に断ってしまったのも無理はない。と思う。

『…ごめん、私花京院の事友達としてしか見てない』
『そうか…』
『うん。…なんかごめんもうちょい言い方が有ったかもしれなかったわ』
『いや。…ボクが嫌いとか考えられない、って訳じゃあないんだろう?』
『…はい?』
『違うのかい?』
『いや、え?うん?まあ、別に嫌いだったら仲良くはしてないよね、とりあえず』
『ならまだ勝ち目はあるから。気にしないで』

…勝ち目ってなんだとか、凄いポジティブシンキングだな、とか。言いたいことは多々あったが、とりあえず不敵に笑う花京院を見て思わず背筋が寒くなった。…こいつ凄い諦めが悪かったんだ、そういえば。以前落ち物ゲーで私が勝ってからと言うものの、彼がリベンジを果たすまでずっとそればかり遊んでいた記憶を思い出して、私は引き攣った笑いを浮かべることしか出来なかった。
それからと言うものの彼は事あるごとに私に好きだと笑って言う。曰くゲームの勝敗に一喜一憂するところだとか、負けず嫌いな所だとか。その度私は笑って受け流している。受け流している、が。

「空条せんっぱーい!」

廊下で出会った彼に体当たりをした挙句、無理やり屋上まで連れ込む。空条先輩はなんとも嫌そうな顔をしていた。

「…さみい。帰る」
「そんなこと言わないでくださいよー!」

半泣きになりながら腕に縋り付くと、空条先輩は心底厭味ったらしくため息をついた後煙草を取り出して火を付けた。

「こちとら受験生だって分かってんのかお前」
「もちろんですよ。余裕のよっちゃんだってのも知ってます!」

グッと拳を握った私に空条先輩はまたため息を一つつく。幸せが逃げますよー、なんて思ったけど原因が私である以上拳骨を喰らいそうなので口は閉じておいた。

「…花京院、どうにかなりませんかねえ」
「まだぐだぐだやってんのかお前ら」
「はいー…」

冷え切ったフェンスに体を預けながら力無く頷く。そんな私をめんどくさそうに眺めながら空条先輩が重たい曇り空の中煙を吐き出した。そんな姿も様になってるなあ未成年のくせに。

「そろそろ一か月か」
「はい。…もうなんでもかんでも託けて口説いてくるんですよあいつ…」
「案外執念深いからなあいつ」
「ねえ…見た目はいいし、性格も悪くないんですから私なんか拘らなくてもより取り見取りでしょうに…」
「まあ確かにお前よりは選択に幅が有るだろうな」
「…寒空に引っ張り出したのは謝るんでそんな辛辣なこと言わんでくださいよー…」

にやりと笑いながら強烈な皮肉を言う空条先輩をジトリと睨み付ける。気にすることもなく煙草を燻らせながら空条先輩は目を細めた。

「で、お前はどう思ってんだ?」
「へ?」
「毎日口説かれて何も思わねえのか?」
「えー…?うーん…そりゃね、空条先輩たちと違って私はあれですよ。どうせモテませんから?そう言われてそりゃ悪い気はしませんけど…」
「なら付き合っちまえばいいだろうが。そろそろ本気でめんどくせえんだよお前ら」
「めんどくさいで人の恋路決めないでくださいよ!」

思わず悲痛な叫びをあげると、短くなった煙草を踏みつぶして私の隣に寄りかかる。寂れた音がして少し傾いだフェンスに頭を寄せた。

「あー…もー…」
「んな悩むならスパッと無理だっていやあいいだろ」
「でもそれで気まずくなったら嫌じゃないですか」
「今の状況も気まずいと思ってるからどうにかしてえんだろお前」
「んー…まあ、そう、ですかねえ」

何とも曖昧な返事だなあ、と自分でも思う。でもだって。花京院はどれだけ私を好きだと言っても私に返事を求めることはない。一方的に好きだと笑って次の瞬間にはいつも通り馬鹿みたいな話を続ける。私は気まずいと思う暇もなくいつもそれに流されていた。
それに彼の言うとおり私は別にそんな異性から好意を向けられるのに慣れている様な美少女でもなんでもなく。そんな私にとって、彼の言葉は確かに嬉しいと思っていまう数々で。
気まずい、というよりはそう、申し訳ないのだ。彼の想いを逆手にとって、自己肯定の手段にしているんじゃないか、なんて馬鹿な私にしては面倒で複雑なことを考えてしまう程度には、申し訳なく思っている。

「うーん…」
「…すくねえ脳みそで考えすぎると熱出るぞ」
「事実だけどひでえや…」

ぐしゃぐしゃと私の頭を撫でる空条先輩の手の下で唸っていると、ガチャっと扉の開く音がした。そちらを向くと、話の主役だった花京院が立っていた。噂をすれば影ってこのことか。