小説 | ナノ






大きく深呼吸を一つ。それでもまだ高鳴る鼓動に苦笑しつつ、ゲートから出てきた人の波に目を凝らす。ばらばらと吐き出されていく人たちの中に一際背の高い彼の姿を見つけて手を振った。

「承太郎!」

こちらを見た承太郎の目が柔らかく細まったのは私の欲目だろうか。


「最近はどう?」
「特にこれと言ってはねえな。お前の方はどうだ」
「私の方もこれといった大きな出来事は無いかな」
「そうか」
「うん」

不思議だなあ、と思う。離れていた時は話したいことが沢山あって、どれだけ時間があっても足りないだろうと思っているのに。こうして顔を合わせてしまえばそんなことはどうでもいいことばかりで。ただ彼が側に居る、それだけで満足してしまう。

「一年ぶり、か」
「そうだねー、連絡取ってはいたからそんな長いって感じはしなかったけど」

これは半分本当で半分嘘だ。昔に比べて連絡を取るのは容易になって、寂しさや離れているときの長さは確かにマシになった。でも、承太郎が居ない一日は酷く長く感じられて。この一週間この日を指折り数えていたと言ったら彼は笑うだろうか。

「あ、また」
「どうした」
「いや、妙に浴衣姿の子見かけるなあって」

今日は何かあっただろうかと思いながら、ふと携帯を開いて気付く。今日は7月7日七夕だ。今日という日を待ちわびておきながら、七夕だということはすっぽり頭から抜け落ちていた。私にとって今日は承太郎と会える日、でということで占められていたから。

「ああ、今日七夕だったんだね。どこかでお祭りでもあるのかな?」
「かもしれねえな」

特に興味をそそられなかったのか、承太郎は気にする様子もなく歩を進める。それについて行きながら最後に彼とお祭りに行ったのは何時だったろうかと思い返していた。
空港からそれほど離れていないホテルにチェックインすると、承太郎が少しすまなそうな顔をする。

「悪いが一つ片付けないといけない仕事がある」
「分かった。コーヒーはいる?」
「ああ、頼む」

早速パソコンを開いた承太郎に備え付けのコーヒーを淹れる。向かいのソファーに体育座りをしながら、画面を見つめる承太郎を見つめた。
暫くぶりに会えたのに、ここでも仕事?という気持ちがないわけではない。でもそれ以上に真剣な顔で仕事に取り組む承太郎を見るのは嫌いではなかった。日頃側に居ない時でもこうして居るのだろうか、と思いながら彼を見つめる。承太郎と同じ空間に居るだけで充分幸せだった。これはある意味遠距離恋愛の特権なのかもしれない。

一時間ほどして漸く承太郎は顔を上げた。

「終わった?」
「ああ」
「そろそろ晩御飯の時間だけどどうする?」
「上のレストランを予約してある」
「あ、そうなんだ」

相変わらず手際がいいなあ。サッと準備をしてレストランへ向かうと、案内された席は大きな窓に面した個室だった。

「ここ高いんじゃない?」
「そんなことは気にしなくていい」
「そう?」

窓からはネオンの光が輝いていて、とても見晴らしが良かった。運ばれてくる料理もみんな美味しくて舌鼓を打つ。食後の紅茶を待っていると、フッと明かりが消えた。

「え?あれ?」

驚いていると、窓の外から眩い光が飛び込んでくる。そちらを見ると、大きな花火がいくつも上がっていた。

「わあ、綺麗だね承太郎!」
「ああ、そうだな」

花火と花火の切れ間に、空にはこちらも綺麗な天の川が見えていた。キラキラと輝くあの星の中で織姫と彦星は逢瀬を楽しんでいるのだろうか。花火を見て楽しんでいたらいいな、なんて柄にもなくロマンチックなことを考えてみる。
暫くの間花火を楽しんで、最後の打ち上げ花火が終わったらしく明かりがつく。承太郎の方へ顔を向きなおすと、机の上に星のようにきらりと光るものが有った。

「…指輪?」
「ああ。…結婚しよう名前」

思わぬ言葉に一瞬呼吸を忘れる。ジワリと視界が滲んで慌てて拭った。

「…もしかしてさ、承太郎今日花火が有るの知ってたの?」
「…ああ」
「ここ予約したのも、このため?」
「…ああ」

照れくさくなってきたのか、視線を逸らす承太郎に思わず笑ってしまう。

「何笑ってんだ」
「…いや、だってさあ。承太郎も案外ロマンチストだなあって」
「うるせえよ」

今度こそ拗ねた様に顔を背ける承太郎に、また涙が滲む。

「もう…心の準備全然出来てないのに」
「お前が前にこういうプロポーズがいいって言ったんだろう」
「それ高校生の頃じゃない」

本当に。そんな昔の事をちゃんと覚えていて、それを実行してくれるなんて格好良すぎるだろう。

「また惚れ直しちゃったみたい」
「そうか」
「うん。…承太郎」

こちらを見る承太郎にしっかりと目を合わせて。

「不束者ですがよろしくお願いします」
「ああ。…悪かったな今まで寂しい思いをさせた」
「…そんなの、全然構わないよ」

寂しかった日々が、この人といる時の大切さを教えてくれた。こんなにも承太郎を愛していると知れた。だから、構わないんだそんなこと。

「愛してるよ」
「…俺もだ」

重ねられたこの手を、もう離すことはしない。




星が瞬く夜
一年ぶりの逢瀬は永遠へと変わる

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