小説 | ナノ






「裕ちゃんばいばーい!」

曲がり角の向こうで、甲高い声がそう言うのを聞いて自然と眉が顰められた。踵を返してここから離れようとしたが、背後から名前を呼ばれてしまってはそうもいかない。…無視をしても良かったが、そうしたら彼はしつこいに決まっているから。

「お前も帰りか?」
「いやコンビニ行くから。じゃ」
「コンビニ行くならアイス買ってきてくれよ」
「んなもん自分で買いに行ってきなよ」
「ああ?ダリいなあ…。ま、いいか、んじゃ一緒に行こうぜ」
「は?ちょ、待ってよ!」

スタスタと近づいてきたかと思ったら、勝手に決めて歩き出す。そんな噴上の左手は私の右手をしっかりと掴んでいた。
悔しいことに私よりも幾分か長い脚でさっさと歩くため、私は小走りに近い早さで足を動かすことを余儀なくされてしまう。少し息が切れそうになった頃、漸く噴上は私の手を放した。

「…訳わかんないんだけど」

さっきの場所から一番近いコンビニはもうとっくに通り過ぎてしまった。通行人も少ない裏道で二人立ち尽くす。夕焼けが白い外壁を赤く染めていた。木が落とす影が濃くなっていく。

「お前さー、なんで俺の事避けてんの?」

僅かな沈黙を破って噴上が投げかけてきた質問に、鼓動が一つ跳ねる。

「別に、避けてなんかないよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃないし」
「嘘ついてんの分かってんだよ」
「嘘じゃないって」
「嘘ついてる、匂いがする」

振り返った噴上が一歩こちらに近づいて、顔を寄せた。すん、と鼻を鳴らしながら私の匂いを嗅ぐような素振りに慌てて一歩下がる。

「…何してんのあんた」
「やっぱ嘘ついてるよなあ」

私の言葉なんてまるっきり無視をして噴上は顔を顰めていた。高い鼻に皺を寄せて、酷く不快そうに。

「俺さあ、なんかしたか?」
「…なにも。あんたは何もしてないし、私はあんたを避けても居ない。分かった?」

夕日に照らされた噴上が、目を細めた。彼自身が言っているように噴上の顔立ちは無駄に整っているものだから、少しドキッとしてしまう。

「お前頑固だからなあ」
「いきなり失礼なこと言わないでくれない」
「…んじゃ、質問変えるか」
「そんなんより早くコンビニ行こうよ」

さっきまでは一緒に行くのも嫌だったが、こうして立ち尽くしているのはもっと嫌だ。何処で誰に見られているのか分からないんだから、さっさと買うものを買って家に帰りたい。

「一個だけだからいいだろ?…お前俺の事好き?」
「…はあ?」
「好きか嫌いかだけ答えろよ」
「ふ」
「普通は無しな」
「…」

人の退路をサラッと絶った噴上を睨み付ける。逆光でよく見えていないのか気にしていないのか、悠然と笑っていた。

「…どっちかと言えば、好きだよ」
「ふーん」

人が決死の覚悟で言ったというのに、噴上はにやにやと笑っている。ムカつく。

「噴上はどうなの?」
「俺?俺はお前の事昔っから大好きだぜ?」
「…ウザい、死ね」
「自分から聞いといてそういうこと言うかー?」

ケラケラと笑いながら歩き出す噴上の後をついていく。一体全体なんだろいうのか。まあ、よく分からないが機嫌がよくなったみたいだしいいだろう。
…それにしてもここが街頭の少ない道でよかった。そうじゃなかったらきっと、赤くなった顔が見られてしまっていただろうから。ポツリポツリと灯りはじめた明かりを見ながら私はそっと息を吐いた。


不可解な男
好きだって言った瞬間、嘘をついていた匂いがしなくなったなんて彼女には言えまい



[ 28/29 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]