小説 | ナノ






「君が灰になったら、私はどうしようかなあ」
「いきなりなんだ」

本から顔を上げたDIOの瞳をジッと見る。赤い瞳には呆れが大半を占めていた。

「いや、もしも君が死んだらさ。私は一体どうしたらいいのかと思って」
「…杞憂だな。私がお前より先に死ぬわけがなかろう」
「本当?」
「ああ」

馬鹿なことを言っているな、とため息をついたDIOがまた本に目を落とす。その横顔を見ながら、それが本当だといいけど、と私は心の中で呟いた。


「ほら、やっぱり嘘だったじゃない」

半壊した屋敷の一際大きな寝室。奇跡的にか彼の策略か、傷一つないその部屋の真ん中に鎮座するベッドに飛び込んだ。ふわりと香る彼の残り香に目を閉じる。
もう少ししたらジョースター達がここにやってくるだろう。私を見つけてなんと言うだろうか。もしかしたら彼らは随分とお人よしの様だから餌の女かなにかと勘違いするかもしれない。そうしたら痛い思いはしないで済むんだろうなあ、と笑う。

「ねえ、君は痛かった?」

ここには居ないDIOに問いかけても当然答えなんてなくて。

「全く、君も嘘つきだよねえ」

私より先に死なないって言ったくせに。
先程目に焼き付けられた光景を思い出してため息をつく。私はあの場に居た。隠れていたけれど。助太刀しようと思えば出来た。しかし、それをしなかったのは。

「きみにとっては死よりも屈辱的だったろうね」

私は、彼のプライドを取ったのだ。彼自身よりも。
だって、そうしなければきっと彼は酷く怒っただろうから。

「会って怒られるのは嫌だもんねえ」

どうせなら、お前にしては上出来だと褒めていただきたいのだ。
枕元に置かれた本に手を伸ばす。彼が死ぬ直前、つい数時間前まで記していた日記に目を通した。正直何を言いたいのかよく分からない。
適当に放り投げて、もう一度ベッドに顔を埋める。

「DIO」

シンとした部屋に、私の声だけが響く。

「DIO」

誰も答えないなんて分かっているのに、彼を呼ぶ。

「DIO」

私の声が濡れているのが分かる。ああ、馬鹿みたいだ。

「DIO」

しゃくりあげながら、何度も何度も。ああ、だから言っただろう。

「君が死んだら、私はどうしたらいいんだよお…」

君が私に生きろと言ったくせに。自分の側で役に立て、なんて言ったくせに。結局何もさせてくれなかった。
本当は、怒られても恨まれても憎まれてもいいから助けたかった。なのに、彼は手を出すな、と私に言い含めたのだ。

「そんな優しさ、要らなかったよ…!」

死ぬならば、君と一緒に死にたかった。君よりほんの先に息を引き取って、後から来た君を笑ってやりたかった。出来ることなら、私の命と引き換えでもいいから、生きていて、欲しかったのに。

「君が居なかったら、生きられないって、知ってるだろう!」

私は、君の為だけに生きていたんだから。
そんな、そんな。

「生きろなんて、優しさ、要らないよ…!」

そんな残酷な優しさなんて、要らなかったのに。

「いつまで、待てばいいのさ!」

私の迎えを待ってろ、なんて。直ぐに来るって、言ったのに。次は久々に忌々しいイギリスにでも戻るかな、なんて言ってたくせに。私の部屋は地下牢を改造しよう、なんていつもみたいな馬鹿なこと言ってたくせに。

「約束、一つくらい守れよ…」

迎えに来てくれなくてもいい、一緒に居られなくてもいい。ただ、私より長生きするって約束くらい、守って、欲しかったよ。

「大馬鹿野郎…」


残酷な男
迎えに来るまで、ここで泣いて居ればいいんですか
(せめて、その約束だけでも)



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