外を眺めながら煙草を吸っていると、見慣れた金髪がこちらに近づいてくることに気付いた。即座に窓を閉めてカーテンも引く。まだ点けたばかりの煙草をもみ消して大きくため息を吐いた。
「あっきらくーん。あっそびまっしょー」
トントン、っとノックをする音を聞きながら、人の名前を大声で呼ぶ馬鹿に小言の一つも言いたかったがグッと飲み込む。ここで返事をしたら面倒事に巻き込まれるのは明白だ。自分が他人を巻き込むのはいいが、自分がまきこまれるのは真っ平御免である。
沈黙を貫き通していると、トントンという音がドンドンに変わり、最終的にはガンガン、という騒音に変わった。
「あっきらっくん!あーそーぼー!!!」
破壊音とも取れるその間にも馬鹿は叫び続ける。どっかイカれてるんじゃないかと考えてから、今更だと思い出した。ドアを破壊されてはたまらない。渋々鍵を外せば騒音はピタリと止まった。
「遅い」
「うるせえ馬鹿」
頬を膨らます馬鹿野郎を一刀両断してドアの破損具合を確かめる。最後の方は想像通り足を使ったらしく下の方がへこんでいた。いつか修繕費をふんだくろうと算段を付けつつ、勝手に入って寛ぐ姿を睨み付ける。
「で、何しにきやがった」
「そりゃ遊びに」
へらり、と笑う姿は男にしては可愛らしく、一部の女には堪らないだろうな、と思う。だが俺は男で、そんな顔をされてもイラりとするだけだ。
「泊まる気満々だろうが」
膨らんだバックを指差せば、しまったとばかりに舌を出す。思わず側にあったライターを投げつければひどーい、とケラケラと笑った。
「いやあ、ちょっと修羅場でさあ」
「…今度はなにしたんだお前」
「んー?なんか、彼女気取りの女の子が三人鉢合わせてアンビリーバボーみたいな?」
「またかよ」
目の前の男は腕のいいベーシストで、容姿と相まって人気も合った。しかし、こうして女関係で問題を起こしてはバンドを首になってふらふらと根無し草の様な事をしている。
「だってさ、俺付き合うとか何も言ってねえし。ただ今晩暇だけどどう?って言うだけよ?なのにいきなり彼女です、とか言われてもねえ」
「…まあ、いいてえことは分かるが」
自分もどちらかと言えば褒められた振る舞いはしていないし、同じような問題を抱えたこともあるので分からなくはない。
「…もうちょい上手くやれよ」
何度も同じ様な事を繰り返して学習能力がないのではないかと本気で疑ってしまう。多分こいつの常識とかそういったものは全てベースに注ぎ込まれているのだろう。
「んー…気が向いたらね」
ごろりと転がって側に合った雑誌を手に取りつつ適当に返す背中を踏みつければ、蛙の様な声が聞こえた。
「重い」
「体重掛けてるからな」
「もうちょい下でお願いします」
「マッサージしてんじゃねーんだよ」
「とか言いつつ腰に移動してくれる音石が好きよ」
ぐりぐりと踏みつけられながら鼻歌を奏でつつページを捲ったところで動きが止まる。
「あ、そいや俺またリストラされちゃった」
「そりゃこんな問題ばかり起こしてりゃな」
「慰めろよー」
回転して俺の脚から逃れると、体を起こして頭を掻きむしった。
「なー」
「あー?」
「音石ん所で俺使ってくんない?」
…正直、俺自身一つのバンドにとどまることは少ない。大概音楽性の違いだなんだ…まあ、性格的な面で止めてしまうからだ。
確かにこいつは技術的な面で文句のつけようはないし、性格も反発しあう様なものじゃない。多分俺がブチ切れてものらりくらりと交わすだろう。ただ。
「ぜってえやだね」
「なんでだよー」
「お前と兄弟になるなんざお断りだ」
「…多分今も結構兄弟だと思うけど」
「…言うな」
まあ、それなりに人気があって、見た目が良けりゃ誰でもいいっていう女は山の様に居るし、被っていることも少なくないだろう。だがそれを目の当たりにするかどうかというのは大きな違いだ。
「それにお前と居ると面倒事に巻き込まれんだろうが」
「そんなん今更じゃん」
反省の色もなしに肩を竦める馬鹿の綺麗に染められた金髪を鷲掴みにする。
「痛い!痛いって!」
「うっせえ馬鹿。つーかお前俺が居なかったらどうすんだ」
ここは借りたアパートで合って実家はちょいと離れた所だ。どっちに居るかは気分次第で居なかったらどうするつもりだったのか。こいつならばドアくらい壊しそうで笑えない。
「え、だってお前窓際で煙草吸ってたじゃん」
「…見てたのかよ」
「見えちゃったの」
ニッと笑う馬鹿の頭を一発引っ叩いてから、夕飯どうすっかな、と天井を仰いだ。
案外面倒見のいい男[ 23/29 ][*prev] [next#]
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