小説 | ナノ






その瞳を初めて見た時。美しいと、思った。

「おい」

私の声に反応するでもなく、女は見えぬ目で宙を仰いでいた。その先には、塗り固められた窓がある。記憶を頼りに、日の光でも追い求めているのだろうか。…窓があったとして、女の目が見えていたとして、今そこにあるのは闇なのだが。

「おい」

腕を引き、体を抱き寄せて女は漸くこちらを見た。その顔には目を覆うように包帯が巻かれている。その包帯の白さにも劣らぬほど血の気の失せた肌は死人の様だ。

「また何も食わなかったそうだな」

人間は脆弱だ。ほんの数日何も食わねば飢えて死ぬし、体力が落ちれば些細な原因で命を落とす。私自身百余年前はそうだった筈だが、今ではその弱さが不思議とさえ思えた。
そして、今目の前の女は死に瀕しているということは違えようのない事実だ。

「帰して」
「…またそれか」
「承太郎に、会いたいの」

華奢な腕を掴んだ手に力が籠る。みしりと不穏な音を立てたが、女は顔色一つ変えずにもう一度帰して、と呟いた。

「貴様は、もう二度とあいつに会うことはない」
「承太郎は、来てくれるわ」

弱弱しかった声に一本芯が通った様な錯覚を覚える。包帯の下に隠された瞳はどんな色をしているのか。失った光を、追い求めているのか。

「ならば、それを引き裂こう」

目が見えぬなら、その耳に奴の断末魔を聞かせてやろう。もう二度と迎えに来るなど言えぬように。

「…哀れな人」

吐き捨てるようにそう言った唇を荒々しく塞ぐ。潜り込ませた舌で口内を蹂躙すれば、痛みと共に血の味がした。
噛まれた舌を引き抜けば、血の混じった唾液が女の口から伝い落ちる。

「あなたは、哀れね」

歌うように、女は私を憐れんだ。

「こんな風に閉じ込めても、誰もあなたの物にはならないのに」

呪いの様に、その言葉が私の耳に纏わりつく。細い首筋に手を当てる。微かな震えを隠すように、強く握れば女は顔を顰めた。

「何故」

始めは窓を塗り込めた。お前が光を求めぬように。次に瞳を潰した。あの男を見ない様に。

「何故貴様は、私を見ない」

この女の目が最後に映したのは私のはずだ。永劫の闇の中名を呼ぶのは、生かしているのは私だ。なのに、この女は私を見ない。
この女は、承太郎のことしか、考えていないのだ。

「足を切り落とせば、貴様はどこにも行けない」
「腕があるわ」
「ならば腕も切ってしまおう」
「彼の名を呼ぶ声がある」
「舌も切り落とされたいか」
「…彼を思う、心があるわ」

それは、あなたにもどうにもできないわ。そう言って笑う女の額に、芽を埋め込んでやろうかと思う。しかし、それでは。

「哀れで、愚かな人ね…DIO」

この女が、私を本当に見ることは一生ないのだろう。



無力な男
手に入れたいと、願うばかり


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