小説 | ナノ






承太郎、と彼の名前を呼ぶその瞳に、仲間への親愛とは違うものが見え隠れし始めたのは何時からだっただろうか。

「君は、承太郎の事が好きなんだね」
「典明と同じくらいね」
「嘘つき」
「…こういう時は、騙された振りするのがいい男ってやつじゃない?」
「ごめん、そういうの不得手なんだ」
「…嘘つき」

目を伏せて笑う彼女は、美しかった。
彼女は決してその胸の内に秘めた思いを口にすることはなかった。ただ、その眼の奥に隠しきれない熱情が垣間見え、承太郎の名前を大切そうに呼ぶだけで。
それも、気づいたのは僕だけだろう。僕は彼女が承太郎を見つめるように彼女を見つめていたから。

「典明」
「なんだい」
「この旅が終わったらさ、私たちはどうなるんだろうね」

奇妙な縁で結ばれた僕らがどうなるかなんて、分からなかった。きっとこんなことがなければ僕らは承太郎のような存在とは関わることはなかっただろう。…それは、僕らにも当てはまることなのだろうけれど。

「以前の様な日々を送るのかな」
「…そんなことはないんじゃないかな」

お互いの背中を預け合ってここまで来たのだ。例え日本に戻ったとしても他人となることはないだろう。

「私は、自信ないなあ」

何故とは聞けなかった。彼女が、泣きそうな顔をして笑っていたから。だから、僕は彼女の背を叩くしかできない。

「そんな格好悪い事言うなよ」
「…本音だもん」
「それでも、そんなことは言わない方がいい」

君は、彼の隣に自信を持って立っていていいんだよ。彼が甘えられる女の子は君くらいなんだから。
僕は、ずっと見てきた。君を、君の隣に立つ承太郎を。ねえ、知ってるかい?君を見つめる承太郎の目がどれだけ優しいかを――。


「典明!」

霞む視界の中、涙を流す彼女がぼんやりと見えた。
なにをそんなに泣いているんだい。どんな時だって君は泣いたりしなかったじゃあないか。君が傷ついても、僕らが傷ついても。何時だって、唇を噛みしめて。でも僕らの前では一生懸命笑ってただろう。
こんな所で泣いちゃあいけない。君が泣いていいのは、彼に嬉し泣きさせられるときくらいだよ。そんな風に言ってあげたいけれど、僕にはもうその力は残っていないらしい。
だから、せめて。君と彼が一緒に帰れるように祈ろう。
閉じた瞼の向こうから、何度も何度も僕を呼ぶ声がする。それに呼応するように今までの思い出がよみがえる。これが走馬灯と言うものだろうか。
浮かんでは消える彼女の姿は、いつも後姿か横顔だ。そして彼女の視線の先には承太郎の姿がある。それに気づいて笑い出したくなる。
ああ、僕は、僕は。彼を見つめる君を好きになったんだ。



報われぬ愛に殉じた男
お願いだから、これからも君を好きでいさせて

[ 20/29 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]