小説 | ナノ






「あれ、髪切ったんですか?」
「…あ、はい」

注文の品を運びに個室に入った途端フーゴさんに声をかけられて思わず素っ気ない返答をしてしまう。髪を切ったのは彼の言うとおりだが、切ったと言っても前髪を整えた程度で同僚も誰も気付かないような違いだ。そんな些細な違いを時たま来る彼に言い当てられるなんて思ってなかったのだから少しばかりぶっきらぼうでも許していただきたい。

「フーゴよく気付いたなー」
「オレは気づけなかったな…すまない」
「いえ、本当にちょっと切っただけですから」

すげえ!とはしゃぐナランチャさんと申し訳なさそうに笑うブチャラティさんの前に皿を置いて個室を出る。扉を閉めてふう、と一つ息を吐いた。
この中に居るのはここら一帯を仕切るギャング達だ。皆さんそうとは見えないほど穏やかな物腰だが、そんな一面だけではないだろう。先程のフーゴさんへの態度が彼らの目にどう映ったか分からなくて少々不安になる。…笑っていたから大丈夫だとは思うが。
ぐるぐると脳味噌を回転させつつふらふらとする足取りで私はまたホールに戻った。

仕事が終わって賄いをもらった。一緒に上がりだった友人も誘われたが彼氏とデートがあるらしくさっさと帰ってしまう。くそう、裏切者め。
一人寂しく食べ終わりさて、帰ろうかと厨房から出るとブチャラティさん達と鉢合わせた。

「ああ、今日はもう仕事は終わりか?」
「はい」
「そうか、気を付けて帰るんだよ」

にこりと笑ったブチャラティさんに頭を下げて見送る。しかし、そんな私の前で誰かが立ち止った。
視界に入る穴の開いたパンツにそれが誰だか分かって血の気が引く。この人は…。

「ブチャラティ、悪いんですが先に行ってて下さい」
「…ああ、あまり遅くなるなよ」

いや、ブチャラティさん出来たらこの人連れて行ってください、と心の中で叫んでも口に出せる筈もなく。結局私たち二人は取り残され、沈黙が横たわった。
私は頭を下げたままここをどう切り抜けるか考えるが明暗は浮かばない。そうこうしてる間にフーゴさんが口を開いた。

「送ります」
「へ?」
「もう暗いですから」

そう言われて外を見れば確かにもう日は落ちてしまっている。外とフーゴさんの顔を何度も見比べる私に一つため息をついて、フーゴさんは私の手を取って歩き出した。

…どうしよう、どうしよう。やっぱりさっきの素っ気なさはこの人の琴線に触れてしまったのかもしれない。送るというのは口実でどこかの路地に連れ込まれてこの世とおさらばする羽目になるのだろうか。お母さんお父さん親不孝な娘でごめんなさい、私は一足先に神さまの所へ行くようです。
そんなネガティブなことばかり考えているとフーゴさんの足が止まった。ここが私の死に場所か…なんて諦観しながら顔を上げるとそこは私の住むアパルトメントの前で。

「あれ?」
「どうかしましたか」
「あ…いえ!なんでもないです」

殺されるのかと疑ってました、なんて口が裂けても言えないのでとりあえずぶんぶんと首を振っておいた。…なんだ、本当に送ってくれたんだ、って、あれ?

「なんで私の家…」
「この辺りに住んでる人の情報は頭に入ってますから」

…やっぱりギャング怖い。なんだよその情報収集能力!良い人なのかも知れないがやっぱり怖いよ!
一人涙目になっているとフーゴさんの手が私の額に触れた。その感触に思わず飛び上れば、フーゴさんが柔らかく笑って。

「…もう少し前髪短い方が似合いますよ」
「…へ?」
「では。また会いましょう」

それだけ言うとフーゴさんは私の頬に軽い口付けを落として去って行った。その後姿を見送りながら私はずるずるとへたり込む。
さっきのキスは挨拶だと分かっている。この心臓の鼓動の速さはときめきではなく恐怖からだ。自分にそう言い聞かせるが、何度もリフレインする彼の手と柔らかな唇の感触に私はギュッと目を閉じた。


爆弾を落とした男
これが恋だと認めるのは怖かった


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