小説 | ナノ






「…や」
「…おう」

本屋から出ると丁度お隣さんの承太郎君と鉢合わせた。軽く手を上げると承太郎君も返事をしてくれて、何となく並んでみる。まあ、帰る場所は同じだしな。
お互いそのまま無言で家路に着く。…そういえばこうして並んで歩くのは何時振りだろう。幼い頃は手を繋いで学校を行き帰りしていたものだがそれも小学校高学年くらいまでだったのではないだろうか。
やはりある程度の年齢になるとお互いの性別と言うかそういうものを意識して一緒に居ることは少なくなった。それは彼が不良と呼ばれるような格好になってますます加速したように思う。
ちらり、と彼を見上げると視線がかち合った。

「…なんだよ」
「いや、おっきくなったなあって」

小さい頃は私の方が大きかったのに。続けてそうぼやけば承太郎君は苦虫を噛み潰したような顔になった。

「いつの話してんだ」
「幼稚園くらい?」

あの頃の承太郎君は(当然だが)今よりもっと小さくて、そして泣き虫だった。遊んでいて転んだりすると、他の子の前では我慢していても私たちだけになった途端『痛い…』と言って涙ぐみながらしゃがみ込んでしまう。私はいつもそれを励ましたり叱ったりしながら家まで送り届けたものだ。それが…。

「こんな可愛くなくなるなんてね…」

ため息交じりにそう呟けば承太郎君の眉間のしわが更に深まった。

「お前は昔っからかわんねーな」
「そう?」
「ああ」

これは褒められているのか貶されているのか。一人首を傾げていると承太郎君が小さく笑った。

「…なに?」
「…胸のサイズも変わらねえなと思ってな」

私の胸を見下ろして鼻で笑う承太郎君の背中に鞄をぶつける。置き勉してしまったのが失敗だった。軽い鞄では痛くもないのかイラっとくる笑みは浮かべたままだ。
普段承太郎君を取り巻いている女子に声高に触れ回ってやりたい。君らが惚れ込んでる空条承太郎はクールな振りして案外むっつりなんですよ!実は性格悪かったりするんですよ!って。
そんなことを考えてると頭を大きな手で掴まれた。

「全部口に出てんだよ」
「マジか!」

ギリギリと力を籠められる手にギブッ!と叫んでようやく解放される。ほっと息をついて高いところにある緑の目を睨んだ。

「承太郎君自分の力分かってんの!?」

この馬鹿力!そう言い捨ててまた歩き出す。数歩進んだところで私の足音しかしないことに気付いて振り返ると、承太郎君はさっきの場所に立ったままだった。
どうしたの、と声をかける前に承太郎君が口を開く。

「一つ変わったことがあったな」
「え?」
「お前の呼び方」

昔は君なんか付けなかっただろ。そういう承太郎君の顔はどこか拗ねた様な雰囲気を漂わせていた。
…その顔につい笑ってしまえばじろっと物言いたげな視線を投げつけられたが私はにやにやとしたままだ。そんな私の脳裏には幼かった頃の承太郎君とのワンシーンが蘇っている。
理由はなんだったか忘れてしまったが、私と彼は喧嘩をしていて。それでも二人並んで家に向かっていた。ふと気づくと隣を歩いていた筈の彼は居なくて後ろを振り向くと道路にしゃがみ込んでいた。まだ自分も怒っていたから声をかけるのも癪で、近付くでもなくジッと見つめる私を見上げた彼の目には薄い涙が浮かんでいる。唇を尖らせたいかにも拗ねています、と言った表情に私は一つため息をついて。

「『帰るよ、承太郎』」

ぱちりと目を瞬かせてから笑う彼が幼かった頃と被る。…あの時ほど可愛らしい笑みではなかったけれど。
伸ばした手を掴んだ彼の手はあの頃をは比べ物にならない位大きくなっていて。そのくせ。

「全く手のかかる子だなあ」
「うるせえ」

照れを含んだぶっきらぼうな声に私は声を上げて笑った。


変わらない男



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