小説 | ナノ






今頃仗助のアホは映画を見終わったころだろうか。パッケージを眺めながらぼんやりと胸糞の悪いリーゼントを思い浮かべる。
机に置かれたパッケージには恐怖の表情を浮かべる女とその背後から伸びる手が映されていた。ありふれたデザイン、内容だがラストの仕掛けは中々のものだ。そこまで見ているかはわからないが、見たとしたらそれなりに怖がっているのではないだろうか。是非その表情を観察したかったものだ。
そんなことを思っていると後ろからいきなり覗きこまれた。

「あら、前に見たわねそれ」
「…ああ」

パッケージを見てニコリと微笑むその姿に一瞬眉をしかめる。この作品を初めて見た時、彼女と一緒だったのだ。その時のことはあまり思い出したくない。
ラスト、無音の中に映し出される目とそれに映る映像にボクは一瞬肩を跳ねさせた。それをこの女はくすくすと笑ったのだ。あの時は流石に喧嘩になった。

「…君の反応は最低だったな」
「あら、ひどい」

肩を竦める彼女からは仄かに甘いにおいがする。クッキーを焼くと言っていたからその匂いだろうか。

「だって、露伴の顔ったらみるみる青くなっていったんだもの」
「…君だって女なんだから悲鳴の一つも上げてよかったんじゃないか」

思い出したくないことを言われて思わず剣呑な言い方をすれば、彼女は少し困ったように微笑んだ。

「昔からこういうの平気なのよね」
「虫はダメなくせに」
「あれは大概の人がダメよ」

飄々と言いのけながら笑う彼女にますます眉間のしわが深くなる。彼女は虫がダメ、と言っても怖いというよりは嫌悪と言う方が近い。純粋に怖い、といった表情を見たことは無かった。

「君には怖いものとかないのか?」

ストレートに尋ねてやる。いっそやけくそと言う心境に近かった。彼女はそんな質問に一瞬きょとんとした後、考えるように目を伏せる。

「…あるわよ、怖いもの」
「ほう、なんだ」

まさかこんなすんなり答えられるなんて思わずに身を乗り出す。そんなボクに真剣な顔をして…。

「露伴が居なくなるのが何よりも怖いわ」
「…は?」
「あなたが居なくなっちゃうのが何よりもホラーね」

だからずっと側に居てね、と笑う彼女の言葉を一拍置いてから理解する。見る見るうちに顔に熱が集まってくるのを感じた。見られない様に顔を背けたと同時に、キッチンから高い音がする。

「ほら、焼けたぞ。さっさとお茶淹れろよ」
「はいはい」

楽しげに笑いながらキッチンに向かう後姿を眺めてからずるずるとソファーにもたれかかる。…このボクがからかわれるなんて。
そんな悔しい思いが湧き立つ。しかし、それとともに一つ、自分でも恥ずかしいような考えが浮かんできて。

「ボクが居なくなるのが怖いだって…?」

そんなの。

「ボクだって君が居なくなるのが一番怖いさ」

本人が居たら絶対に言えない言葉をそっと吐き出した。



素直じゃない男
小さな囁きは甘い香りの中に溶けて行った


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