小説 | ナノ






そんな会話の数日後、二人は消息を絶った。始めはどこか二人で旅行にでも行ったんだろうと誰もが思った。私も連絡がないのは不思議に思ったがまああの二人だしと、そう考えた。
…それが、一つ目の間違えだった。

日が経つうちに誰もが不審に思った。あの二人は自由気ままだったけど、こんな長期間連絡を絶つことはなかったから。
私は不安な気持ちに襲われるたび合鍵を握りしめた。あの部屋に行けば、何かわかるんじゃないかと。でも、それが無性に怖かった。もし、取り返しのつかないものを見つけてしまったら。そんな怯えから私はあの部屋を訪れなかった。
これが、二つ目にして最大の間違えだった。


ある日、リーダーが二人の部屋に行くと決めた。私は行かなかった。…本当は、薄々気づいていたのだ。もう、あの二人には会えないことに。多分、チームの誰もが、気付いていた。そして、自室のソファーでジェラートの遺体が発見された。あの、夢を語ったソファーの上で。
数日後大量の荷物が送られてきて。そこには無残な姿になったソルベが、居た。
ジェラートの遺体が見つかった時点で覚悟は、していた。私たちはいつ死んだっておかしくない仕事をしている。そして、二人は侵してはいけない領域へと踏み込んだ。
私たちの誰だってそうなる可能性があるんだと、そう言い聞かせても私の心は納得しなかった。ふらふらと歩いた先には、二人の住んでいた部屋だった。

合鍵を使って鍵を開ける。部屋の中は少し埃臭くて、いつもジェラートの買ってきたお菓子のせいで漂っていた甘い匂いは、しない。
リーダーたちがジェラートを運び出したりしたせいか、部屋は少し荒れていて私は機械的にそれを片す。
ソルベの部屋はいつも通りそれなりに片付いていて、ジェラートの部屋は少し汚い。リビングには、なんとなく飾った花が枯れていた。花を捨てようとキッチンに向かう途中、机にぶつかってしまった。何冊かの本が落ちて、拾った際に何かが落ちる。
それは封筒だった。口には不細工な猫が書かれている。それは、ジェラートが私にメモを渡すときいつも、書いていたものだ。
急にぼやけていた視界がクリアになった気がする。震える手で封を切った。
中には一通の手紙と、2枚のチラシだった。

『名前へ

これを見てるってことはお前勝手に部屋に入ったな?罰としてドルチェ奢ってもらうぜ!なんてな。
もしかしたら、これを見てる時オレらはもう居ないかもしれない。オレとソルベはこれからボスの正体を探りに行く。
多分ばれたら帰れねえわ。まあ、オレとソルベなら大丈夫だけどな。

ボスの正体握ったら、賃金上げてもらおうぜ。麻薬チームの稼ぎもらうってのもいいな!
…で、金貯めたら約束通り家買うぞ。海の見える白い家な!
そこでオレらとお前と、チームの皆で馬鹿やって暮らすんだ。お前は夢物語なんて言ったけど、夢になんてさせねーよ。お前はオレらの所でずっと掃除婦やってろ』


ちょっと癖のあるジェラートの字。その下には綺麗なソルベの字で、掃除して待ってろと書かれていた。
床に散らばったチラシには、青い海と白い家。もう一枚にはほかの皆が住んでも十分足りそうな大きなアパルトメントが映し出されていた。

視界が見る見るうちに滲んでいく。呼吸が苦しくなって、無様な引き攣った音がした。
ああ、ジェラート、ソルベ。あんた達はあんな夢を、本気にして。
馬鹿だ、と言ってやりたかった。白い家なんてなくたって、青い海なんて見えなくたって。私はあんた達と、皆と笑えていればそれでよかったのに。
でも一番の馬鹿は、私だ。私がもっと早くここにきて、手紙を見つけてたら。二人がボスの正体を探ろうとしてるってリーダーに伝えられたら。二人は死ななかったかもしれないのに。

泣いて、泣いて、泣いて。声も涙も枯れ尽きた頃、ようやく涙が止まった。
涙で少し滲んだ手紙を握りしめる。

ねえ、ジェラート、ソルベ。あの話は夢物語なんかじゃないよ。私が叶えるから。
もう、あんた達は居なくて、三人で海の見える家になんて住めないけど。もう一つ、きっとあんた達が本当に叶えたかったこと。
皆で、笑って暮らすんだ。




「ねえ、リーダー」

「なんだ」

「ボスの娘捕まえてさ。麻薬ルート貰うじゃん」

「ああ」

「でさ、お金貯まったらアパート買おう。海の見えるところに」

「…また急な話だな」

「私としては二年前から決めてたんだけどね。…本当は白い家も買う予定だったんだけど」


リーダーが私を見下ろす。普段なら考えの読めない瞳が少しばかり揺れて、何かを感じ取ったことを伝えた。


「皆で住もうよ」


馬鹿みたいに笑って、時々二人の事思い出してしんみりしちゃったりなんかして。何年かしたら結婚するやつとか出てきて、どんどん大所帯になってくんだ。


「皆で、笑って暮らそう」


リーダーは何も言わず私の頭をそっと撫でた。ねえあんた達。ちゃんと見てなさいよ?



天を仰ぐ
夢物語になんて、させないから

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