小説 | ナノ






ぐっと大きく体を伸ばす。そのままひとつ大きく欠伸をした。
窓からは燦々と太陽の光が注がれている。外では風が吹いているのか木が揺れ、通りがかる人がコートを押さえているが、空調の利いた室内は心地よい暖かさが保たれていた。
そのまま机に突っ伏したくなるのを堪えてもう一度欠伸を一つ。脳に酸素が足りていないのだろうか。重たくなってきた瞼と格闘しながらそんなことを考える。

「随分と暇そうですねえ」

急に後ろからかけられた声に小さく悲鳴を上げてしまう。そのまま油の差していないブリキのおもちゃの様なぎこちなさで振り向けば、笑みをたたえたボスがいた。

「Buon giorno…」
「Buon giorno.…眠たそうですね」
「い、いい天気なもので…」

乾いた笑いを発しつつ手元にあった書類を指で弄ぶ。一通り出来上がってはいるが、まだボスに見せるようなものではない。こんな状態で居眠りしかけてたなんてばれた日には、レクイエムものだ。いや、流石にそこまで鬼ではないか…?
逸らしていた視線をボスに向ければ、浮かべていた笑みが深まった。…爽やかな笑顔なのにその後ろに薄黒いものが見えるのは私の気のせいなんだろうか。

「で、書類は終わったんですか?」
「…あー、いや。あと少し、ですかね」

明後日の方を見ながらそう言えば、苦々しいため息をつかれてしまう。…あれか、減給は覚悟しなきゃいけないか。

「そうですか、ならこれはお預けですね」
「お預け?」

その言葉にボスを見れば、先程まで見ていなかった手の先に白い箱を持っていた。…あ、あれはずっと気になっていたケーキ屋さんの…!!!

「あなたが前に食べたいと言っていたのを思い出して買ってきたんですが…。仕事が終わっていないなら仕方ありませんね、ボクが頂くとしましょう」
「え…」

そ、そんな殺生な。というか箱のサイズ的にどう見ても一個や二個じゃない、それを全部食べてしまうというのかこの甘味大魔王は…!

「誰が甘味大魔王ですか」
「…こ、声に出てましたか?」
「ええ。殺生な、という辺りから」

…やだー、それって全部出てたってことじゃないですかー。

「…仕方ありませんねえ、一時間だけなら待ってあげますよ」
「い、一時間ですか」

それまでにこの書類全て終わるだろうか。未処理の書類を一通り思い返してみる。…微妙な所だ。しかし、ケーキのためならばやってやろうじゃあありませんか!

「頑張ります!」
「ええ、頑張ってください」

机に向かった私にボスが笑ったのを感じる。単純だと思われたかもしれないが、今はそんなことに患っている暇はない。

「ああ、そうだ」
「なんですかー」

振り向かない私の耳元にボスがそっと顔を寄せて。

「ボクの名前を呼んで可愛らしくお願いしてくれたら、さらに一時間は待っててあげましょう」

その言葉に一瞬思考が停止する。活動を再開した私が勢いよく振り返った時には、ボスはもう扉を閉めるところだった。
赤くなっているだろう顔を手で覆って机に突っ伏せる。…ああ、これは一時間で間に合いそうもない。大騒乱を巻き起こしている脳内にため息ひとつ落としながら、可愛らしくとはどんな風だと自問自答を始めるのだった。


操り上手な男
ジョルノ、と小声で呼ぶ練習をしているのを彼が廊下で聞いていたのを私は知る由もなかった


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