小説 | ナノ






水を手にプロシュートは名前を見降ろしていた。今更キス如きに躊躇うプロシュートではない。だが、名前の初めてとやらがこんな状況なのは頂けねえな、と小さく笑う。目が覚めたら名前は怒るのか、照れるのか。まあ、どんな反応でも構いはしない。錠剤と水を口に含み上半身を起させた名前に口付ける。
喉がコクリと動いた。どうやら飲んだようだ。しかし上手く飲み込めなかった水が名前の喉を伝った。顔を離したプロシュートはそっと名前の顔を見るが起きる気配はない。当たり前だとプロシュートは馬鹿な期待をした自分を笑った。キスで目が覚めるなんてそれこそおとぎ話の世界だけだ。

名前の喉を濡らす水を拭う。触れた指先からドクリドクリと打つ脈が伝わってきた。ああ、生きている。そんなことが自然とプロシュートの頭に浮かんだ。白く細い首筋は確かに彼女の生をプロシュートに教えてくれて。それがとても、嬉しかった。
何かに惹かれる様にプロシュートは名前の首筋にキスを落とす。さっさと起きろよ、どれだけ心配を掛けたら気が済むんだお前は。そんなことを心の中で呟きながら何度もキスを繰り返す。
もしも、この喉が動かなくなる日が来たとしたら。それは自分より後であってほしい。いいやそうあるべきだ。薄暗い考えがプロシュートの胸の内を過る。
しかし、もしこいつが先に死んでしまったら。自分は名前を食べてしまうかもしれない。そうすれば離れる事はない。そんなどこか歪んだ思いが身体を突き動かしたのか。無意識のうちに名前の喉に歯を立てた。自分の思わぬ行動にプロシュートが顔を離した瞬間、名前の目が開いた。


「…痛い」

「名前?」

「プロ、シュート?…なんか顔、近くない?てか、喉痛い。お腹も痛い。むしろ全身痛い」


熱のせいかぼんやりとした口調でぼやく名前をプロシュートは強く抱きしめた。


「痛い痛い痛い!」

「うるせえ、黙れ」

「ええ、横暴…」


痛みで意識がはっきりしてきたのか、いつもの様に口を尖らせる名前にプロシュートは心の底から安堵した。


「ったく、あんな凡ミスしやがって」

「あー…返す言葉もございません」

「…あんま心配させんな」

「…うん、ごめんね」


名前の目に映る自分は随分と情けない顔をしていた。しかし、今だけはそれでもいい。そんなことを思いながら腕に力を込めるプロシュートの背に名前もそっと手を回した。



この温もりが
失われなくて良かった。

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