小説 | ナノ






涙が流れ切った時、女はそこに居らずおれの前にはハンカチと飴玉が一つ残されていた。そのハンカチには名前が刺繍されていて、初めてあいつの名前を知った。
そして、その日から屋上で遭遇することが多くなり、いつの間にか名前はおれの隣に居るようになった。


「…ん」

「起きたか」

「うん…。ああ、ベッドに乗せてくれたんだ。ありがと」


こうして共に居る時間が長くなるにつれて、名前の印象も大きく変わってきた。優等生だから校則を順守しているのではなく、ただ単に教師に文句を言われるのはかったるいから。同級生であろうと敬語だったのは人と関わるのが億劫だから。いつも少し微笑んでいるのは、その方が無難に扱われるから。
…こうして考えてみるとかなりの面倒くさがりというか、排他的な人間だ。しかもかなりのマイペースでずぼら。ならば、何故。


「なあ」

「なにー…」

「…なんであの時おれに話しかけたんだ」


おれの言葉に名前がニィっと口角を持ち上げる。…なんかの童話にこんな風に笑う猫がいたな。


「言ったでしょう?泣きそうな人間をほっとけない程度にはお節介なんだよ」


嘘つけ。そう言いたかったが、なんとなく声には出さなかった。




泣けと言ってくれたのは
お前だけだった

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