小説 | ナノ






給水塔に取り付けられた梯子を登る女のスカートは学校指定の丈を遵守していた。風になびく髪も染められた事などないであろう痛みの見えない黒髪。何処を切り取っても真面目な優等生だ。そんな女が何故授業中に立ち入り禁止の屋上に居るのだろうか。
そんな事を考えている内に女は昇り切り姿が見えなくなった。

何とはなしにそれを見届けて、いつの間にか燃え尽きた煙草を捨てて新しく火をつける。
肺一杯に煙を吸い込みながら、何故名前も思い出せない女を眺めていたのか自分のことながら疑問に思った。少し考えて、思いついた一つの答えに顔が歪む。
花京院に似ていたのだ。もちろん花京院は男だ。綺麗な顔立ちだったが決して女と間違えるものではない。似ていたのは顔ではなく雰囲気だ。
育ちのよさそうな佇まいや落ち着いたトーンの喋り方。動作の中にもどこか漂う静けさ。極めつけは揺れることなく合わせられた瞳。それらがあいつと被った。

指先に力が籠り、煙草がひしゃげる。ズキリと胸が痛んだ。
あの旅を終えて、お前は強くなったのか。そう聞かれたら自分は何と答えるだろうか。スタンド使いとしては強くなった。しかし、本当は弱くなったのではないだろうか。何故なら、失ったものを思い出すのが辛くて、おれは顔を背け続けているのだ。今も、こうして。

俯き、唇をかみしめていると後ろから腕を叩かれた。振り返れば給水塔に居たはずの女がいつの間にか後ろに立っている。二本目の煙草ももう終わっていた。一体どれだけ物思いにふけっていたのか。


「…なんだ」

「泣きたい時は泣いた方がいいですよ」


その言葉に目を見開く。目の前に立つ女はただ無表情にこちらを見つめていた。


「何を、言ってんだ」

「空条君は我慢のし過ぎだと思いますよ」


噛み合わない会話に苛立ちが蘇る。何も知らないこいつに何故そんな事を言われなくてはならないのか。


「やかましい。消えろ」


普段女達に向けるものよりも静かに、しかし強い調子で告げる。しかし、女は動く事はなかった。

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