小説 | ナノ






その日おれは周りで甲高い声を出す女達から離れ、屋上に居た。授業開始の鐘の音を聞きながら煙草を吸っていると、背後から軋んだ音。それはここにおれ以外の人間が来た事を知らせるものだった。
舌打ちをしながら扉の方を睨みつける。大概の奴ならそれだけで踵を返すからだ。開ききった扉の先には、どこか見覚えのある女が立っていた。その姿に今度はなんの計算もなく苛立ちのままに舌打ちをする。女は、やかましい。

無駄に媚びた声で近寄ってくるか、去るか。後者である事を祈りながら睨みつけた視線は外さない。

しかし、そいつは思わぬ行動に出た。傍から見ても不機嫌極まりない表情しているおれを見ると何度か瞬きをし、ごそごそとポケットを漁る。何をしているのか、そう思ったおれに一歩近づき何かを差し出した。


「…飴?」

「はい。ミルク飴です」


一体何を思ってこんなものをおれに突き付けているのか訳が分からない。手に乗った飴をただ睨んでいるとどう勘違いしたのか、他の味がいいですか?と小首を傾げながら聞いてきた。


「要らねえよ」

「…甘いものはイライラを解消させますよ?」


その言葉に眉間に力が入る。今この状況で一番のストレス源はこの女だというのに。その張本人に気を使われるというのは更に苛立たしい気分になる。
出ていけと言おうとする前に、女は手を出さないおれに痺れを切らしたのか、さっさと貯水塔の方へと歩いて行った。呼び止めてやろうかとも思ったが、騒がないのなら気にしなければいい。そう考えて後ろ姿を見ていると強い風が吹いた。
女の長い黒髪が広がり、白いうなじが覗く。それを見て、どこで会ったのかを思い出した。
教室だ。
普段まともに授業に出ないおれでもテストには出ざる終えない。その時いつもおれの前に座っている女だった。他の女と違い、おれの方に近寄ることも話しかけてくる事もなく、いつもプリントを回す時の横顔しか見たことがなかったから気付かなかった。


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