日が落ち始めた教室。二人向かい合って黙々と作業をしていると唐突に小さな包みを差し出された。
「…何、これ」
「先月のお返しだよ」
先月、何か私は彼にお返しを頂くようなことをしただろうか。一瞬考えて、ある出来事を思い出した。
「…別に、そういうのいらないから」
「そういうと思ったけど一応礼儀だから」
困ったように差し出す花京院君は微妙な顔をしている。苦笑すればいいのか、無表情に徹すればいいのか悩んでいるのだろうか。日頃同級生とコミュニケーションを交わしていない彼にはこの状況は気まずいを通り越しているのかもしれない。
視線が定まらない花京院君を見返しながら、あの日の事を思い出していた。
一か月前、2月14日…所謂バレンタイン当日。正直思い出したくない日だ。私は付き合っていた人にチョコを渡そうとして、振られたのである。そして、この教室で悲しみやら悔しさに涙していたら日直だった花京院君と鉢合わせた。
『…どこか痛いのかい?』
『そういうのじゃないから』
『…そう』
花京院君は荷物をかばんに詰めて手持無沙汰そうに佇んでいた。教室に人が残っていたら担任に連絡してから帰らなくてはならないのでどうするか悩んでいたのだろう。…もしかしたら慰めるか迷っていたのかもしれないが。
そんな彼を眺めながらなんとなく愚痴ってみようかと考えた。彼からしてみたらいい迷惑だろう。それでも、誰かに聞いてほしかったのだ。
『彼氏に振られた』
『そう、なんだ』
声をかけられるとは思っていなかったのかもしれない。花京院君は一度目を瞬かせた。どうしたらいいか分からない、と顔に書いてあるようだった。しかし、特に慰めが欲しかったわけではなかったので話を続ける。
『後輩に告白されてさ。そっちの子は、自分が居なきゃダメそうな感じがしたんだって。私は、自分が居なくても全然平気だろって』
アホじゃないだろうか。そんな居なくても平気だと思う様な、どうでもいい人間にわざわざ時間を割いてデートしたり、プレゼントを用意したりする筈もないだろうに。…いや、きっとそういうことではなかったんだろう。ただ、私は弱くない、そう思われてただけだ。
『一体何見てたんだよって感じだよね』
自分でも甘え下手だなんてことは分かってた。それでも、彼には弱いところだって見せていたと思っていたのに。そりゃ、何でもかんでも泣きついたりしなかったし、甘い空気なんてうまく作れなかったけど。それでも。
『結構、好きだったんだけどなあ』
言うだけ言って、また滲んできた涙が頬を伝う。花京院君はどんな顔をしているだろう。分からないまま腕に顔を埋める。
キュッと床をゴムが擦れる音がした。花京院君が動いた音だ。教室を出ようとしているのだろうか。それも仕方ないだろう。私だって、ただ委員が一緒で挨拶か事務連絡しかしない奴にこんなこと言われたら困るし。話が終わったと思ったら素知らぬふりをしたい。むしろ話してほしくないし。
そんな私の想像とは裏腹に、靴音は近づいてきて私の席の隣まで来た。顔を上げようとしたが、その前に頭にポンっと手が置かれる。
『気が利いたことは言えないけど…辛かったね』
…本当に気が利かない一言だ。辛かったなんて言われなくても私が一番よく分かってるし、そのせいで泣いてるんだ。どうせモテまくってる花京院君には分からないんだろう、いつも振る側だし。
そんな愚痴った側のくせに身勝手な言いがかりを脳内で喚いてみる。でも現実ではその一言に後押しされるように次から次へと涙があふれてきて。私は子供のように泣いたのだった。
『…これ』
やっと涙が止まった私は鞄から包みを取り出して花京院君に渡した。花京院君はきょとんとした顔をしながら受け取る。…この人もこんな顔するんだな。
『あいつに渡すはずだったんだけど。もう要らないし…捨てといてくれない』
『…ボクが?』
『うん。…自分じゃまだ捨てられないから』
格好悪いよね、と笑った私を見下ろした花京院君が不意に包みを破き始めた。その急な行動にぽかんと見守っていると、彼は中に入っていたチョコを黙々と食べ始める。
『な、にしてるの?』
『…小腹が空いたんだ。美味しいよ、これ』
お世辞にも私はお菓子作りが上手いなんて言えなくて。やっと作り上げたそれだって、そんな風に言ってもらえるなんて思ってなかった。あいつの事だから、きっと微妙とか言うんだろうなって、そう思ってて。そんなチョコを美味しいと言ってくれる花京院君に、なんだか励まされたような気がして。私は漸く笑ったのだった。
1/2