2013ホワイトデー | ナノ
そんな一か月前の、あの日。


「…本当、そういうのいいから」


あの日から私と花京院君の関係が大きく変わった、なんて少女マンガみたいなことは無かった。翌日からもすれ違った時に挨拶をして、委員の連絡を回しただけ。なのにまさかこんなものを渡されるとは思ってなかった。というか、恥ずかしすぎて出来れば忘れて欲しい出来事である。


「…分かったよ」


包みを鞄に戻して、また二人作業に戻る。
暫くしてようやく終わりが見えた時、教室のドアが開いた。そちらを見ると、あいつが居た。一か月前サラッと私を振ってくれた元彼が。私と視線が合うと、彼は困ったようにヘラっと笑った。…そういえば私と喧嘩するといつもあんな顔して謝ってきたな。
あの日からまともに目を合わせたことがなくて、随分と久々に顔を見た気がする。嫌な顔をしているであろう私に、おずおずと近づいてくる。


「あのさ、今時間ある?」

「ない」


自分でも嫌な女だと思うが即答すると、彼は花京院君の方を一度見てから少しだけ、と言い募った。


「まだ仕事残ってるから無理。すぐ終わる話ならここでしてくれない?」


そう言い切ると、狼狽えたように視線を泳がせる。花京院君は興味がないのか一人ペンを動かしていた。それを見て、意を決したように彼は私を見据る。


「あのさ、俺らもう一回やり直せねえ?」

「…は?」


何を言ってるんだろうかこいつは。呆然としている私に目の前の馬鹿はやっぱりお前がいいとか、あの後輩とはやってけないとか訳の分からないことをマシンガンのように話し続ける。


「俺にはお前が居ないとダメなんだよ」


その言葉にぶちっと何かが切れた音がした。
私には自分が居なくても平気だとかなんだとかのたまったくせに、自分は私が居ないとだめですか、そうですか。ふざけんなよ。都合のいい時だけすり寄ってきて、自分勝手にもほどがあんだろ。
一発ぶん殴ってやろうと席を立った瞬間、花京院君が持っていたペンを置いた。その音は小さいものの筈なのに、妙に大きく聞こえて。


「終わった」

「お、おう」


ぽつりと零された言葉に馬鹿が頷く。お前関係ないだろ。そんなことを考えて、なんだか先程までの怒りが急激に萎えたのに気付くいた。


「あのさ、悪いけど無理だわ」

「え…な、なんでだよ!」

「自分の胸に聞いたら?」


じろりと睨めば、唇を一度噛みしめる。


「…お前みたいのが俺以外の奴に好かれるとで「いい加減にしろ」


被さるように花京院君が冷たい声を発する。普段周りとは交流しないが、決して花京院君は剣呑な雰囲気を醸すような人ではない。落ち着いた、礼儀正しい人だ。彼がこんな声を出すのは初めて聞いた。


「みっともないのにも程があるとは思わないのか」

「お、お前には関係ないだろ!」

「あるよ。ボクは名前のことが好きだからね。彼女の事を悪く言われるのは不快だ」


その言葉に馬鹿と二人目を丸くする。…え、今なんて言ったの君。白黒させている私の手を掴んで歩き出す。もう片手にはいつの間にか私たちの荷物が纏められていた。一度振り返ると、馬鹿な男は一人立ち尽くしていた。
下駄箱まで来てようやく手を離される。背中を向けたままこちらを見ない花京院君を呼んだ。…その声は無様なほどに震えていて。


「ねえ、さっきの本気?」

「…うん。迷惑だった、かな」


振り返らない彼の表情は見えないけど。真っ赤になった耳が、きっと彼も私に負けない位真っ赤な顔になっているだろうことを教えてくれた。


「迷惑じゃ、ないよ」


離された手をもう一度掴む。少し震えた手が、私の手を包んだ。…まるで少女マンガみたいだな、なんてほんの少し前と真逆の事を考えて、少し笑えた。



君は私の王子様だった
(…さっき、名前呼んだよね)
(嫌だった?)
(ううん。もう一回呼んでよ)
(…名前、さん)

2/2