…質量保存の法則はどこへ行ったのだろうか。いや、それを言ったら私のスタンドだって大概だ。うん、ジョナサンさんだってスタンドと同じくらい不思議な存在なんだからこれくらい出来たっておかしくない。…今までの私の行いもこんな驚きを伴ってたのかと思うとなんだか申し訳なくなってきた。
そんな私の煩悶に構わずジョナサンさんが包みを差し出してきた。
「…私にですか?」
「うん。ここにはぼくら以外居ないじゃあないか」
「そう言われればそうですが…」
包みを受け取ればずっしりとした重さがある。一体何が入っているのだろうか。
「今日はえっと…ホワイト、デー?だろう」
「ああ、はい。言われてみればそうですねえ」
日付はとうに跨いでいるから3月14日で間違ってはいない。
「バレンタインのお返しだよ。…色々な人から預かってきたから重くなってしまったけど」
申し訳なさそうにするジョナサンさんを尻目に破けないよう包みを開ける。中にはラッピングされた様々なお菓子が詰め込まれていた。
「それはボクとエリナから。ああ、それはシーザー君だね」
楽しそうに指をさして教えてくれるジョナサンさんに頷き返しながら中を検める。
…それにしてもまさか本当に他の人々にも渡せたとは。バレンタインに丁度来たものだから思いつきで渡しただけだったのに。天国だか冥界だか分からないが実体のあるものを持っていけるものなのだろうか?いや、実際にお返しを貰っている以上考えるのは無粋だろう。というか考えても分かる気がしない。お地蔵様に供えたものが消えるとかよく聞くしそんな感じだろう、多分。
脳内で無理矢理納得しつつ今度は失礼ながら食べて大丈夫かと考えてしまう。だって昔から向こうのもの食べると帰ってこれないとか、引き摺り込まれるっていうじゃない?
そんな不安が顔に出ていたのかジョナサンさんがくすくすと笑う。
「食べても大丈夫だよ」
「…はあ」
とりあえずジョナサンさんとエリナさんからだというクッキーを食べてみる。うん、美味しい。
「美味しいです」
「良かった。お菓子作りは初めてだったから心配だったんだ」
「はあ。…え、ジョナサンさんが作ったんですか?」
うん、と頷くジョナサンさんに持っていたクッキーをまじまじと眺める。あの大きな手からこんな可愛らしいクッキーが作られるとは。いや、エリナさんの功績なのか?…それにしても。
「天国ってのも楽しそうですねえ」
「そうだね、中々楽しいよ。皆居るしね」
「…そう聞くといつ死んでもいい気がしなくもないですね」
「駄目だよ」
ジョナサンさんの声が真剣みを帯びる。流石に不謹慎すぎたかと顔を上げれば、やはり真顔になったジョナサンさんが居た。居心地の悪さに身じろぎすれば、少し表情が緩んだ。
「君にはまだまだやりたいことも、やらなきゃいけないこともあるだろう?」
「…やり遂げられるか分かりませんけど」
「君なら大丈夫さ。…皆見守ってるしね」
「それは心強い」
「ふふ。…それに桜の花も見に来たいし、また梅の花も見たいから名前に死なれたら困るよ」
「その前に紅葉やら何やらも見れますよ」
私の言葉にジョナサンさんが顔を綻ばせる。楽しみだね、と私の頭を一撫でして。顔を上げるとジョナサンさんの姿は消えていた。時計を見れば、三時になるところだった。…相変わらず律儀なことだ。
膝に置かれたままの包みからもう一枚クッキーを取り出して齧る。程よい甘さのそれは酷く優しい味がした。
午前二時の邂逅
来年のバレンタインにはもっといいもの作っとかないと、なんて一年先に思いを馳せる
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