2013ホワイトデー | ナノ
もうすぐ深夜二時。草木も眠る丑三つ時というやつだ。
ベッドの上で本を読んでいると、ぼんやりとした気配を感じる。ベッドサイドに置かれた時計を見ると、丁度二時になるところだった。


「今日も時間ぴったりですね」


気配が形を結び、柔らかく微笑む青年へと変わる。承太郎と同じくらいの高さにある顔は、兄や祖父の若かったころによく似ている。しかし、その穏やかな空気は彼特有のものだろう。


「こんばんは、名前」

「こんばんは…ジョナサンさん」


大きな手が伸びてきて私の頭をくしゃりと撫でる。彼の纏う温かなものとは真逆の冷たさに、背筋が少し震えた。

彼、ジョナサン・ジョースターが時たま私の部屋に訪れるようになったのは二か月ほど前、丁度エジプトの旅が終わって一年になる頃の事である。
翌日が休みだからと一人読書に耽っていると、誰かの気配がした。顔を上げれば、白い靄のようなものが浮かんでおり、それはみるみる間に人の形を結んだ。そして、それはジョナサン・ジョースターとなったのだ。
目の前で起こったことに何も言えずに固まっていた私に、ジョナサンさんは穏やかに微笑み、深夜の来訪を詫びた。私は内心新手のスタンド攻撃かとも思ったが、彼が私の所に来たからと言って何かメリットがあるとは思えない。まあ、結局はスタンド攻撃ではないだろう、と思いぎこちなく頭を下げたのだが。…今思い出してもあの時の驚きは筆舌に尽くしがたい。



「難しい顔をしてどうしたんだい?」

「…ああ、いえ。ジョナサンさんが初めて来たときのことを思い出していまして」


そう言えばジョナサンさんは頭を掻きながら申し訳ないと笑った。別に文句を言ったわけではないのだが。
持ち込んでおいたポットからカップにお湯を入れる。英国紳士にティーバックの紅茶を出すことには未だに抵抗があるがこんな時間に火を使うわけにもいかない。苦肉の策と言うやつだ。…淹れ立ての紅茶をスタンドで保持しておけばいいのかもしれないが、それでお気に召さなかったら悲しいものがあるからやらない、というのは秘密である。まあジョナサンさんならなんでも美味しいとは言ってくれそうだが。


「どうぞ」

「ああ、ありがとう」


受け取った紅茶を飲むジョナサンをまじまじと眺める。何度見ても彼が持つとインスタントが高級な紅茶に見えてくるのだから紳士パワーとは恐ろしい。ちなみに何故物が持てるのかとか、飲食できるのは何故か、というのを考えるのはもう初めのころに止めてしまった。なんなら土産を持たせればそれごと消えてしまう様な不思議現象だ。考えるだけ無駄と言うものだろう。


「大分暖かくなってきたね」

「そうですね。梅の花なんかも咲き始めましたし」

「梅の花?」


私の言葉に首をかしげるジョナサンさんは妙に可愛らしい。思わず笑ってしまえば慌てたように口を開いた。


「いや、名前は知っているよ!実物らしきものも見てはいるし…」

「そうなんですか?」

「うん。承太郎やホリィの事を見守っているときにね」


細められた目には彼らへの愛情が満ち溢れていて。こちらまでほっこりとしてしまう。


「ずっと見守られてたんですね」

「…うん」


大きな手でカップを包み込む彼の脳裏にはどんな思いがあるのだろうか。本当ならば実際に見て、触れたかっただろう。承太郎は無理だったかもしれないが、ジョセフおじいちゃんならば自分の腕に抱けたのかもしれないのだ。

1/3