騒がしい中、一人カウンターに座って琥珀色の液体を眺めていると隣に誰かが座った。
「あら、ボス御機嫌よう」
「御機嫌よう。これ、どうぞ」
カウンターに綺麗な包みを一つ置いてジョルノはニコリと微笑んだ。その包みを手に取ってしげしげと眺める。
「今日って何の日だったかしら?」
「ホワイトデー、ですよ」
「ああ…」
イタリアでは馴染みのない風習なのですっかり忘れていた。日本生まれだというこのボスが持ち込んだイベントは店の女の子達を喜ばせているようだ。其処此処に贔屓の客から貰ったものを身に纏っている子がいる。
「ボスともなると皆に気を使って大変ね」
「いえ。皆さんにはお世話になってますから」
パッショーネ専属のこの店には様々な客が来る。基本的には幹部クラスの人間が多いがそれでも下らない諍いが起こることもあった。そんな問題をいなすのも現場に私たちの仕事である。それに長年店に居て人間関係やらボスでも知らない情報を握っている者も多い。機嫌を取って損はないということだろうか。
「…ありがたく頂いておくわ」
「お気に召すといいんですが」
バーテンから新しい酒を受け取ったジョルノがこちらを窺う様な目を向けてくる。
「何か顔についてる?」
「いいえ。ただ浮かない顔をしているな、と」
「…若い子達みたいにはしゃぐ元気さはないもの」
「そんなに違わないでしょう」
肩を竦めた私にジョルノが微妙な顔をした。それを曖昧に笑って受け流す。年齢的なものよりも、ここに居た長さが問題だ。幼気、と言ってもいい頃からここで育った人間からすればイベント一つに一喜一憂する可愛げはなくなってしまう。演じろ、と言えば演じるが…。
「あの子達みたいにしましょうか?」
「ご遠慮します」
「でしょうね」
「…でも浮かない顔してるのは若さのせい、だけじゃないでしょう?」
こちらを見透かすような目を向けるジョルノをじろりと睨む。
「女に若さ云々言うのは野暮よ坊や」
「これは失礼しました」
本当はそこが機嫌を損ねるきっかけでないのはお互いに分かっている。しかし、そこには触れない。二人グラスに口をつけたころ入り口付近が俄かに騒がしくなる。
「来たようですね」
ジョルノの言葉に扉の方を振り返った。数人のガタイのいい男たちが入ってくる。その姿に僅かばかり目を見開いた。
「たまには彼らにも楽しんでもらおうかと思いまして」
「…それはいい考えねボス」
厭味ったらしい声音でそう言っても我らが若きボスは綺麗に微笑むだけである。
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