それから下らない話をだらだらと続けながら歩いた。試験がヤバいだとか、億泰の奴は馬鹿ばっかりやってるとか、由花子にこの間もぷっつんされたとか。他愛もないことばかりだが、名前さんは楽しそうに笑っていた。
「学生はいいねえ」
「名前さんだってまだ学生でしょう?」
たしかまだ大学生だったはずだ。
「んー、もう卒業も確定してるしね。仕事が忙しくてあんまり遊んでないし」
そう言いながらも名前さんの顔に陰りは見えない。今の生活に彼女なりに満足しているということだろうか。しかし。
「忙しすぎて体調とか崩しません?」
「今のところは大丈夫」
「今のところはって…」
「まあ、本当にヤバくなったら仗助のこと頼らせてもらうよ」
いいでしょう?と上目使いに微笑みかけてくるものだから、せめてヤバくなる一歩手前の所で来てくれと言うのが精一杯だった。
家の前まであと少し、というところで名前さんは足を止めた。
「どうしたんすか?」
「もうそろそろ時間なんだ」
「え、お茶の一杯くらい…」
「乗り遅れると不味いから」
気持ちだけ貰っておくね、と笑う彼女に我儘は言えなくて押し黙ってしまう。そんなおれに苦笑しながら名前さんは何かを差し出した。
「これ、どーぞ」
「…チョコ?くれるんすか?」
「うん、沢山貰ってるみたいだけど」
その言葉に反射的に紙袋を後ろに隠せば、名前さんはくすくすと笑った。
「皆には宅配便とかで送ったんだけどね。仗助には丁度手渡せそうだったから」
その言葉に忘れていた顔の熱がぶり返してくる。きっとこの行動に他意はない。名前さんの言う通りただタイミングが良かっただけなんだろう。それでも、特別扱いの様で胸が高鳴るのを抑えられなかった。どこの乙女だっていうのかおれは。
「受け取ってくれるかな?」
「もちろんっすよ!」
急いで差し出されていたそれを受け取ればこれまた楽しそうに笑われてしまった。…どれだけがっついてんだよ…。
「じゃあ、行くね」
「…はい」
名残惜しくて、つい未練がましい声を出せば、名前さんは背伸びをしながらよしよし、と頭を撫でてくれた。子ども扱いされているようで少しばかり悔しい。
「あのっ」
「はい?」
「今度は、おれがイタリア行きますから!」
「うん」
「そしたら、観光連れてってくださいね」
もちろん、と笑うと彼女は手を振りながらさっと消えて行った。それを見送ってから離れて冷えた手をポケットに突っ込む。
「…あ」
手袋を返してもらうのを忘れていた。…おふくろには怒られるかもしれないが、それでもいいだろう。片方だけの手袋を見るたびにおれは名前さんを思い出す。
受け取った包みをその場で開いて、チョコを一つ口に放り込む。口の中に広がる甘さを噛みしめながら家へと向かった。
甘く、でもどこかほろ苦い…彼女も、片割れを見るたびにおれのことを思い出しては、くれるだろうか。
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