2013バレンタイン | ナノ
足早に角を曲がった時、後ろから足音が聞こえた。追いかけてきたのかとも思ったが、それにしては足音が少ない。仕方なしに立ち止って後ろを向けば、思った通り名前が居た。


「なんだよ」

「チョコ、あげます」

「…あいつ等にやったほうがいいんじゃあないか」

「後でチロルチョコでもやれば喜びますよ」


地味に酷いことを言いながら名前はゴソゴソと鞄を漁っている。断ってさっさと歩きだせばいいものをなぜか僕の足は動こうとしない。そうこうしている内に差し出されたそれは、それなりに綺麗なラッピングが施されていた。


「…どこの店のだ」

「自家製です」

「…すぐバレる嘘はつくもんじゃないぜ」

「嘘じゃないですけど」


少しばかり口を尖らせた名前に悪いことを言ったと思いながらも、つい差し出されている包みをジロジロと眺めまわしてしまう。リボンも綺麗に結べているし、袋も上等そうなもので色は深いグリーン。中々趣味がいいといえる。…これを名前がしたっていうのか?
やっぱり信じられない。名前は確かにセンスがいいと思う。一度美術部だという彼女の絵を見たことがあるが、あれも独特ながら息をのむような美しさがあった。しかし、いつもどこかぼんやりとしていて、大ざっぱな名前には料理や装飾などこうした細かな作業をする印象は全くと言っていいほどなかった。


「信じてませんね?」

「いや…」


核心を突かれて思わず言葉を濁してしまう。そんなぼくを半眼で睨むと名前は深々とため息をついて、僕のカバンの中へと包みをぶち込んだ。


「とにかく、食べてくださいね」

「…毒でも入ってるんじゃあないだろうな」


その言葉に名前はクスリと笑った。


「入ってる、と言ったらどうします?」

「そこにあるごみ箱に捨てて帰る」

「ひどっ!…何も入ってませんよ。入ってるとしたら…愛情、とか?」

「…ますます捨てたくなったな」


そう言うぼくに名前はますます笑みを深めた。


「そんな露伴先生が好きですよ」

「…冗談は嫌いだ」

「冗談じゃありませんよ」


笑いながらそう言ってぼくを見る名前の真っ黒な目が、何もかも吸い込んでしまいそうで。慌てて目をそらした。


「…まあ、一口くらいなら食べてやるよ」

「味の感想聞かせてくださいね」


小さく頷くと踵を返す。早く、こいつから離れないと。そう思うのに、裾を掴まれた。


「な」


んだよ、と続けるつもりだったのに。それは名前の小さな唇に塞がれて叶わなかった。


「これ渡すの、忘れてました」


それだけ言うと名前は駆けて行った。角を曲がって、後姿が見えなくなったのと同時に止まっていた時間が動き出す。自分の頬や耳が赤くなっているのがわかった。


「…くそっ」


ぼくがあいつに一本取られたなんて、そんな馬鹿な。口元を抑えて俯いたぼくのカバンの中で、カサリと包みが揺れた。



不意に打ち抜かれたそれを
恋と人は呼ぶのだろうか
(あなたが好きです、と書かれたカードを彼はどんな顔をしてみるのだろうか)