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仗助を寝かせて、先程一人になった際に急いで受け取ってきた書類に目を通す。この書類からは今の所パッショーネの問題になりそうな火種は見つからない。
とは言え出来れば実際にディアボロに会って話をしたいところだ。しかし、そうすれば今度はあちらが離してはくれないだろう。そうなればさらに厄介なことになる。結局親衛隊の人間に現状を報告してもらうことしか今の所出来る事は無い。
一つため息をついてから身体を伸ばす。先程よりも大分楽になった身体に目を閉じる。後ろからは穏やかな寝息が聞こえていた。

備え付けのポットからお湯を出してカップに注ぐ。安っぽい香りだがインスタントコーヒーの味も嫌いではなかった。火傷をしない様に気をつけながら一口啜る。さて、何をしようか。
仕事もないし、いつ承太郎が帰ってくるか分からない今、また向こうに足を伸ばすのは危険だ。バレたらお説教コース間違いなしである。買い物に行ってもいいがそれも何か言われそうで億劫だ。…こうなると強ち軟禁、というのも間違っていないかもしれない。
がりがりと頭を掻いてソファに座る。宙を仰いでいるとベッドからゴソゴソと音がした。目を向ければ仗助が布団を跳ねのけ腹を出していた。その姿に微笑ましく思いながら冷房を入れ布団をかけ直してやる。ついでに寝乱れたリーゼントを撫でてみた。
手の感触に一度眉が動いたが、そのまま寝息を立てる。その顔はまだ幼さが残っていてあどけない。その寝顔に少しばかり胸が痛んだ。それを頭を振り追い出す。
また少し、身体が重くなった。ああ、嫌だな。そんな言葉が頭を過る。ここは、私には合わない。楽しげに笑う人たちと、それを狙う殺人鬼。その鬼の目的は自身の欲求を満たす、ただそれだけ。その姿は、思い出したくもない男と同じで、そのくせ私にも被るものだ。自分勝手な詭弁を振りかざし、命を取捨選択し、それを後悔する気も懺悔する気持ちもない。それは彼らとどう違うというのか。
私も同じ穴の狢だと思うと、胃がキリリと締めつけられた。そんな時、手が握られる。目を落とせば、仗助が不思議そうな顔をしていた。


「どうか、したんすか…」


まだ眠たげな瞳にそっと微笑みかける。


「大丈夫、なにもないよ」

「でも、痛そうな顔してますよ…」


そう言い募る仗助の目を閉じさせるように手を乗せる。
…仗助は承太郎に憧れると言った。しかし私からすれば、承太郎よりも仗助の方がよほど憧れだ。彼には、人を癒す力が、優しさがある。それは私や承太郎にはないもので。


「私は仗助みたいになりたかったなあ」


手の下でピクリと反応した仗助に見えないと分かりつつも笑いかけながら、泣きたくなる。どうせならば、私も仗助の様に誰かを癒せる力が欲しかった。私のスタンドを決して否定する訳ではない。大切な私の半身だ。しかし、その力は自分の運命から、非力さから逃げてしまいたかった弱さが浮き彫りになっているもので。


「君みたいな、力が欲しかった」


隠れるのでも逃げるのでもなく、奪うのではなく。傷ついた大切な彼らを癒す力が。
考えても仕方ないことだ。この力を得たからこそ私は大切な人に出会えたし、守れた。それは分かっている。だけれど、彼の優しさを目の当たりにするとその優しさが眩しくて、羨ましくて。


「仗助はいい子だね」


手を退かしてそう言えば、仗助は何とも言えない悲しそうな顔をした。


「…茉莉香さんだって、悪い人じゃないじゃないっすか」


その言葉になんと返せばいいか分からなくて、ただありがとう、と呟いた。


「もう少し寝てなさい」

「でも」

「いいから」


起き上がろうとする仗助の身体を押し返してベッドに横たわらせる。


「Buonanotte.いい夢を」


そう言えば大人しく頷いた仗助の瞼にそっと一つキスを落とすと驚いたように目を瞬かせた後、ズルいっすよ…と言いながら布団を被った。その姿に笑いながら目を伏せる。



まぶたへのキスは憧憬
君の様な強い優しさが、欲しかった