神隠しの少女 | ナノ






※if・5部終了後


頬を撫でる風が少しばかり冷たくなっていることにふと気づく。いつのまにやら随分と時間が経っていたようだ。手つかずになっていた本を閉じ、背筋を伸ばす。パキパキとなる体にどれだけの間動かずにいたのか自分のことながら笑ってしまった。椅子から腰を上げて家に入ろうとした瞬間、懐かしい声が聞こえた。

「茉莉香!」

取っ手にかけていた指を離し、そっと深く息を吸う。それをフッと吐き出して後ろを振り向いた。

「久しぶりだねポルナレフ。…まさか一番にここに来るのが君だなんて思わなかったなあ」

そう言って笑う私とは対照的にこちらに近づいてくる彼の表情は険しい。それを見て苦笑してしまうのも無理はないだろう。

「募る話もあると思うけど、まずは家に入らない?風邪を引くよ」
「…ああ」

真正面に立つ彼が何か言いかけようとして、短く頷く。…出会ったばかりの彼だったらきっと怒鳴りつけていただろう。…私も彼も、恥も外聞もなく怒鳴り合うには年を取ったのだ。そんな当たり前の事に感じ入りながら玄関の方へ回る様に指示を出す。自分は履いていたサンダルを脱いで窓を潜った。
薄暗くなってきた室内に灯りを点けると、入ってきたポルナレフが控えめに辺りを見渡す。そんな彼に椅子を勧めると静かに座った。

「…誰か訪ねてくることもあるのか」
「いや、ただ食卓に椅子が一つってのは味気なくてね。飾りの様なものだよ」

小さな食卓の前に自分以外の人間が居るのは本当に久方ぶりの事だ。なんだか嬉しい様な居心地の悪い様な不思議な気分になる。
そんな気分を持て余しながらコーヒーを淹れる私にポルナレフが口を開いた。

「…随分物が少ないんだな」
「そうかな?」

言われてみて私もぐるりと部屋を見渡す。…確かにそう言われても仕方ないかもしれない。こじんまりとした部屋に置かれているのは食卓以外には窓辺に置かれた一人掛けのソファーと備え付けの棚くらいしか物がない。その棚の中もいくらかの蔵書と無造作にパソコンが置かれているだけだ。ちなみに奥にある寝室もベッド以外には特に何も置かれていない。

「まあほら、私の場合収納には困らないからね。必要な時に取り出せばいいんだし」
「…そうか。俺はてっきり、すぐにここを引き払えるようにかと思ったよ」

言葉の中に混じる棘に少しばかり動揺してしまう。跳ねた滴を拭き取って、何事もないかのように彼の前に置いた。
互いに無言でカップに口を付ける。お気に入りの香りもこの緊張感を取り払ってはくれないようだ。

「なあ…なんでお前は、俺達の前から居なくなったんだ」
「…また直球だなあ」

思わず取り繕うのも忘れて呆れた声を出す私に、ポルナレフは真剣な面持ちを崩さない。

「何故だ」
「…なんで、かなあ」

はぐらかすわけでもなく、自然とそう口をついて出た。キュッと深くなる眉間のしわに暫く会っていない承太郎を重ねてしまって、視線を俯かせる。
…私が彼らの元を去ってもう、三年が過ぎた。ディアボロとジョルノ達が和解し、ジョルノが彼の跡継ぎとなる為彼の下で組織の事を学び。承太郎は徐倫を育てながら研究に没頭していた。DIOもそれなりに精力的に仕事に励んでいて。…私の愛した、守りたかった人は皆それぞれ幸せに過ごしていた。

「もう、いいかなあと思ったんだ」

彼らが生きて、幸せである。それ以上に望むことも願うこともなかった。…いや、出来る事ならずっとぞばに居たいと言う思いがあったのも、それを叶えられたのも事実だ。しかし、私はそれを拒んだ。

「あのままあそこに居たら私は忘れてしまうから」

自分がどれだけ勝手なことをしてきたか、運命を捻じ曲げて来たか。私の存在で幸福になった人も居れば、不幸せになった人もいる。そしてそれを分かりながら今でも胸を張って自分は間違っていなかったと心から言える、自分が居る。
私は、稀に見るエゴイスティックな人間だから。

「私は、君たちの側に居るには相応しくなかった」

彼らが笑って居る事が、生きていることが幸せで幸せで。…そのくせ、胸を掻き毟るほど忸怩たる思いに駆られている私が、居て良い筈がなかった。

「」

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