神隠しの少女 | ナノ






『成人おめでとう』
「ありがとう。といってもあんまり実感はわかないなあ。こっちじゃあもうとっくに成人迎えてるわけだし」
『そんな寂しいこと言わなくてもいいじゃないか。…こっちには結局帰れないのかい?』
「こっちも少し立て込んでてね。承太郎もDIOも来い来い煩かったんだけど。落ち着いたら皆で集まる機会でも設けようかなあって」
『そうか、その時はぜひ声をかけてくれよ』
「うん。まあ楽しみにしててよ。あ、でも花京院先生は忙しいかな?」
『まだ医師免許も取ってない研修医に嫌味かい?』
「いえいえそんなつもりは。うん、じゃあまた」

本日数本目の祝いの電話を切って一度ため息を吐く。祝ってもらえるのは嬉しいが、本当に忙しく一秒でも惜しいと言うのも本音だ。来れないなら自分が行くと言い張った承太郎たちを一切合財拒否したのも悲しいことに正解だったと言わざるを得ない。
本来ならば彼らに祝って欲しかった。そんな悲しみをぶつけるように、目の前に横たわる男を睨み付ける。

「…まさか飼い犬に手を噛まれるとは思ってなかったなあ」
「…貴様の飼い犬になったつもりはないぞ売女」

苦々しく吐き出された言葉に思わず唇を吊り上げる。悍ましい色の痣が散らばる腹部を思い切り蹴り上げた。痛みにのた打ち回る体に足を乗せて体重を掛ける。ミシミシと骨が軋むのが嫌な感触として伝わった。

「じゃあ君の飼い主のお名前は?」
「教えるとでも、思ったか」
「…まあ、別にいいよ。見当はとっくについてるしね」

僅かに目を見開いた男を冷めた目で見下ろす。ついで追い打ちをかけるように口を開いた。

「マルコ、アロルド、ガスパロにティベリオ…護衛チームの半分以上に裏切られるなんて悲しいなあ」
「あ、あいつらは関係ない!」
「…ここにきて涙ぐましいチーム愛なんて見せてくれなくていいよ」

ガチりと硬質な音を立てる拳銃を額に突き付ける。一層血の気が引いた精悍な顔ににこりと笑顔を見せて。

「君の飼い主はここら一帯のカジノを仕切ってるヴィゴールでしょう?…金に目が眩んで死ぬ馬鹿ってのは惨めだねえ」

何か反論をしようとした口を塞ぐように引き金を引いた。微かな消炎の香りを消す様に生臭い血が床を汚した。

「ティッツ、スクアーロ。処理は任せたよ」
「はい」
「…護衛チームはどうすんだ?」
「スクアーロ!口のきき方に」
「いいよ。…護衛チームは編成し直す。君たちを筆頭に候補は何人かいるしね」
「護衛チームの残りは…消しますか?」
「…いや、彼らの使い道は考えてるよ。じゃ、後よろしく」

はい、という声を尻目に防音を施された厚い扉を開く。透き通る様に青い空に輝く太陽が目を焼く様な眩しさだった。

「空だけ見れば平和極まりないのにねえ」

扉一枚隔てた所にある惨状を思い出して鼻の頭に皺を寄せる。…組織の、率いては彼の為に手を汚すことに躊躇はないがやはり気持ちのいいものではない。

「…分かってるくせに押し付けようとしてる私は嫌な奴だなあ」

音を立てずに現れた書類を捲りながら自嘲じみた笑いを零した。一番上に乗せられた紙には女性と言っても通りそうなほど線の細い美しい顔が載せられている。パラりと捲ればこれまた見覚えのある顔。
くしゃりと髪を一度掴んでから、書類をびりびりに引き裂いて空に舞わせる。

「さてと、もう一仕事頑張りますか」

地面に着く前に全ての紙片が消えたのを確認して大きく伸びを一つ。…ああ、人生最悪の誕生日かもしれない。





「あなたがリゾット・ナーゾですね」
「…ああ」
「この度の働き感謝します。おかげで裏切者たちは綺麗さっぱり始末することが出来た」
「…おためごかしはいい。それで、どうなんだ」
「…あなたをパッショーネの一員として引き入れましょう。それなりの地位も用意しました」
「それなりの地位?」
「…ええ、新たに作られたチーム『暗殺チーム』のリーダーとして」

演技じみた気取った声に苛立ちを掻き立てられる。リーダーと聞こえはいいがそれもチームの仕事内容を考えれば糞の様なものだ。

「…」

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