神隠しの少女 | ナノ






姿勢を正し緊張した面持ちでこちらを見つめる二人の少年に一つため息を吐く。ピクリと揺れた肩はどちらもまだ薄く、幼さを如実に表していた。

「二人ともほんっとうに考え直す気はないのかい?」
「ない!」
「ありません」

言葉は違えど瞬時に拒否の言葉を返す二人に思わず額を押さえる。怖いのは、こうして端々に滲み出る向う見ずな若さだ。前に拓けている幾つもの選択肢を見ようともせずに、愚かとも言える安直さで引き返すことが出来ない一本道へと進もうとしている。しかもその道は決して光が差さない薄暗い道だ。

「別に今すぐ決めなきゃいけない事じゃない。君たちには二人ともまだ考える時間も、他の選択肢だって沢山あるんだ。少し冷静に考える時間が必要なんじゃないかな」

諭す様にゆっくりと言葉を連ねる。時としてこうした物言いが若い彼らの反発を招き、さらに意固地にさせる可能性があるのも分かっていた。しかし年長者として『はい、分かりました』と安請け合いの出来る様な話ではない。彼らの意志を軽んじているのではなく、その身を案じ大切に思っているからこその発言だと気付いてくれと願いながらのものである。…自身がこの立場になって漸く周囲の人間がどれだけ心を砕き、私を思って苦言を呈していてくれたのか理解する。全く親の心子知らずとはよく言ったものだ。…そしてそんな私を踏襲するかのように、やはり彼らには上手く伝わらない様で。

「良く考えたに決まってんだろ!」
「マリカさんはわたし達の意志を疑うんですか」

責める様な視線を向ける二人に今度こそ私は頭を抱えた。

「…ティッツァーノ、スクアーロ。君たちの意志を疑っている訳じゃあない。二人が私とボスに親愛と敬意を抱いてくれているのもよく分かってる」
「なら!」

勢い込んで言葉を発するスクアーロをティッツァーノが止める。スッとこちらを見たその眼は揺るぎないものを秘めていた。

「…あの小汚い路地裏で惨めに死ぬだけだったわたし達を拾い、ここまで育ててくれたのはマリカさん…あなたとボスです。優しいあなたがわたし達に何を望んでいるかも分かっているつもりです。出来る事なら真っ当な道を進んでほしいと、そう思っているのでしょう?」

ティッツァーノの言葉に深く頷き返す。そこまで分かっていてそれでも意志を曲げない彼らを説得するのは不可能に近い、とひしひしと感じつつ。

「けれどわたし達はあなたの事もボスの事も知っている。そんなわたし達をボスは野放しにするでしょうか」
「…君たちの事は私がボスに一任されている。私がそうさせると決めたなら口出しはしないよ。それにもしも君たちが普通の…平和な日常を送ることになっても私達を裏切るようなことはしないと信じている」
「ええ、それは勿論です。…ですが他の人間はどうでしょうか。わたし達とあなたの関係を知っている人間はボス以外にも居るのではないですか?今はあなたの庇護のもとに居るからわたし達を狙う人間は居ません。けれど…あなたの言う平和な日常ではどうでしょうか」
「…自分たちの命を交渉に持ってくる、か」
「あなたの真似をしているだけです」
「そんなところを見せた覚えはないんだけどなあ。…賢い子って言うのは扱い辛いと言うけど。本当だね」

苦笑する私にティッツァーノはにこりと綺麗に笑い返してくる。会話の内容についていけてなかったのか、不思議そうにスクアーロは私達の顔を見比べた。そして私の顔に浮かぶ諦めの色に気付いたのかニッと笑う。

「おれ達絶対にマリカとボスの役に立つぜ。さっきの話はよく分かんねえけど…あんた達に命を救われたってのは確かだ。どうせ死んでたんだからそれ使って恩返しくらいさせてくれよ」

あっけらかんとそう言い放つスクアーロに今度こそ苦笑を浮かべるしかない。命を掛けて私達を守ると笑う彼に自分が重なる。私達の物に比べ自分自身の命を酷く軽んじているのが伝わるその姿勢が、嬉しくも悲しい。私も彼らにこんな思いを抱かせていたのだろう。…こうして痛感しても尚その姿勢を変えようと思わない自分の頑固さにも少々呆れてしまうが。
そんな思いを振り切る様に、一度手を叩く。

「分かった。とはいえ最後にもう一度だけ聞かせてくれるかな。…君たちが組織に入るためには命を掛ける必要がある。失敗すれば即ち死ぬ。私達を守る守らないなんて話じゃあない。それでも、いいんだね」

この二人が矢の目に適わないなんてことがないと分かっているくせにこんなことを聞くのは卑怯だろうか。絶対にないと分かっていても怯んで諦めてくれればと願うのは私の我儘だ。そんな私を嘲笑うかのように、二人は真っ直ぐな目で頷いた。それが少し眩しくて、目を細めながら頷き返す。
机の上の電話から受話器を取って押し慣れた番号を押す。

『なんだ』
「…二人とも、矢の試練を受けるそうです」
『…そうか、分かった。手筈は既に整えてある。面倒な手順は踏まずに済むはずだ』
「…はい、分かりました」
『…大丈夫か』
「お気遣いどうも。…大丈夫ですよー」
『そうか。後で結果を伝えてくれ』
「はい、では」

ガチャリと受話器を置いて神妙な顔をする二人に向き直る。

「ボスが既に試験の準備をしてくれていたそうだよ。君たちはネアポリス刑務所に行ってポルポと言う幹部に会ってくる。それですべてが済むはずだ」
「分かりました」
「行ってくるなー!」
「…ティッツ、スク」

普段呼びかけている短いあだ名で呼ぶと不思議そうに二人が振り返った。家でない所でそう呼ばれるのは初めてだったからか少し恥ずかしそうな顔をしている。そんな幼い仕草に胸が締め付けられた。
席を立って二人を後ろから抱きしめる。まだ華奢な体はこれからどんどん大きく逞しくなっていくのだろう。いつの間にか視線の高さはこんなにも近くなっていた。顔を赤らめる二人の頭をくしゃりと撫でる。お日様の香りがするこの二人が、真逆の世界に落ちてくるのだと思うと心が痛んだ。…けれどやはりどうやったって、この二人を止めることは出来ないのだと私が一番よく知っていた。だからこそ、笑顔で背を押してやろう。笑顔で…迎えてやろう。

「行ってらっしゃい、早く帰っておいでね」
「…はい」
「おう!」

今度こそ元気よく走って行った二人を見送る。ばたりと閉じた扉を見て、やっと大きく息をついた。それと同時に机の上でベルがけたたましく鳴り始める。反射的に大きく高鳴った胸を押さえつつ受話器を握る。

「はい」
『あの二人は行ったか』
「うん、今出た所。…なんだかこう、何とも言えない複雑な気分だよ。独り立ちする子供を見送る母親ってこんな気分なのかな」
『まだ20にもなってない小娘の言う事か』
「そうだけど、さ。たった2年でもされど2年って言うか。…保護者としての情って育つものなんだね」
『…まあ、な』
「あ、その言い方。もしかしてディアボロも二人の事が心配になったとか?」
『馬鹿を言うな。…お前が落ち込んでいるんじゃないかと思ってな』
「そっか、ありがと。…ああ、そうだ保護者と言えばさ。…見つかったよ」

電話の向こうで息を飲んだのが分かった。けれど彼がどんな顔をしているのかは定かではない。出来る事ならばその顔に少しでも喜びの色が浮かんでいてくれればいい。そう、願いながらそうかと絞り出された声を聞いた。

[ 1/2 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]