神隠しの少女 | ナノ






「いや、うん…いや…それは流石に、うん…」

目の前に丸まる布の塊を見て思わずため息を禁じ得ない。深々と吐き出されたそれにピクリと反応して、ごそごそと蠢くと隙間から見慣れたピンク色の髪が見えた。

「…人見知り通り越してもう対人恐怖症じゃないかってレベルじゃん…」

身の安全の為人前に姿を現さず、居所も点々としていたのは知っていた。それを臆病だと言うか賢明だと言うかは人に寄るだろう。私としてはディアボロの安全が第一なので疑う余地もなく後者なのだが。…後者、なのだが。流石にここまでだとは思っていなかった。
私の筆頭幹部と言う地位を確立する為、DIOとの同盟は必要不可欠で。まあ、正直それに関する話し合いは私一人でも問題は無い。問題はないが、だからといって組織のトップが対等の同盟を組む相手に顔を見せないというのは如何なものか。それでなくとも私が自分の手元に居ないということであの唯我独尊を行く吸血鬼様はご機嫌斜めである。
その上で顔も見せないとなれば色々と面倒になるのは火を見るより明らかといったところだ。
痛む頭を押さえながら、再度ため息を零せば漸く見えた顔に皺が刻まれた。むしろそうしたいのはこちらの方なのだが。
チラッと壁に掛けられたカレンダーに目をやる。DIOやジョセフおじいちゃんとの顔合わせまであと一週間を切った。それまでにどうにかこの布の塊を彼らの前に出さなくてはならない。
…想像しただけで肩がずしりと重くなったのだった。

「私とDIOの関係は知ってるでしょ?危害を加えられることはないんだしそこまで警戒しなくても」
「いいや分からんぞ。そいつはお前が俺の所に居るのが不服なんだろう?秘密裏に俺を排除して自分の所に置こうとするかもしれん」
「いや、そこまでは…うん。しないと思う、よ?…多分」

はっきりとしないと言い切れないのは申し訳ない。が、DIOならやりかねないと言う思いもチラリと頭を過る。もちろん身体的な害を加えることはないだろう、そうすれば私が激怒するのは目に見えている。しかし元々が尋常でない程の野心家で生来の帝王であるDIOの事だ。実質的なパッショーネの覇権を握ろうとしてもおかしくは無い。
それに対しディアボロもヘタレ…な所もあるが自身の地位と権力には並々ならぬ執着がある。それ故の現状であり、そして命取りにもなるのだが。あ、そういやトリッシュの事もどうにかしなくちゃいけないのか。
思い出してしまった懸念事項にまた頭が痛むが、とにかく今は目先の事を片付けねばなるまい。

「とにかく!君が顔を出さない訳にはいかないんだから!覚悟を決めろ!」
「嫌だ!」
「速攻で拒否してんじゃねえよ!」

思わず口も悪くなろうと言うものだ。…駄々をこねる子供か!

「あのね!二十代後半の大の男がそんな我儘許されると思うなよ!」
「我儘じゃない自衛手段だ!」
「それも解るけど時と場合を弁えて!ここでトチったらなんの意味もないんだよ!」
「…お前だけでも」
「私だけでもいけるけどそれで要らぬ遺恨を残してどうする!」

うう、っと唸るディアボロに私はもう一度大きくため息を吐いた。…ああ、この数分でどれだけ幸せを逃してしまったのだろうか。

「とりあえず、埃になるからシーツから出なさい。後シャワー浴びて。ご飯作っとくからそこでもう一回話をしよう」

もぞもぞとシーツから出たディアボロが足取り重く浴室に消えていくのを見てからがりがりと頭を掻いた。
話し合う、と言っても確実に平行線を辿るのは分かり切っている。いっそ代役でも立てようかと思ったが、ばれた時が恐ろしい。やはりどうあっても彼を引き摺って行くしかあるまい。
パスタを茹でる為のお湯を沸かしながら私は項垂れるしかなかった。



「…こんなところかな」

とんとんと書類を机の上で纏める。カチカチと針を進める時計を見上げると、約束の時間が迫っていた。んっと一度背筋を伸ばして、寝室へと繋がる扉をノックする。返事を待たずに開け放つとベッドに座る人影がびくりと揺れた。

「…うーん、まあシーツ被らなくなっただけ前進、か?」
「当たり前だ、俺のこの度胸と勇気を褒め称えろ」
「小さな一歩に大きな見返り求めすぎでしょ。どっちも同じような意味だし」

突っ込みつつ隣に座ればこつりと肩に腕が触れた。流石に震えてはいないようだが顔色は良くない。扉の向こうから明かりが漏れている。後少しすればあそこで大切な話し合いが始まる。
…正直な話私自身少々緊張していた。私たちとDIOの組織ではまだ規模に大きな違いがある。彼にとって私たちと同盟を組むメリットはほぼ無いに等しい。無茶な要望は出されないと信じたいが、こちらも多少の覚悟は必要だろう。
大きく息を吸い込んで、勢いよく立ち上がる。そうでなくては立てなくなりそうだった。

「不詳空条茉莉香!頑張って参ります!」
「…ああ、頼んだぞ。…俺も、出来る限りの事は、やってみよう、と…思う」
「どんどん声が小さくなってるのがものっそい不安だけどね!…期待してるよお兄ちゃん」
「…ああ」

少し困ったように笑うディアボロを確認して扉の向こうへと向かう。大きく一度深呼吸をすると同時に、扉がノックされた。

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