神隠しの少女 | ナノ






ちらり、とドアの方へと視線を遣れば友人兼部下の面々がそっとこちらを覗き見ている。正面で資料を捲っている彼女は気付いているのかいないのか、気にする素振りもない。
見られていることに気付いた彼らが口と手を動かす。推測するに、さっさと言っちまえ、といったところだろうか。一向に進まないペンの先を眺めながら、何度も頭の中で言うべきことを繰り返し考える。くるりくるりとペンが何度か弧を描く。もう一度ドアの方を見れば力強い頷きが返ってきた。意を決して口を開こうとしたその時。

「手が動いていないね。何か問題でもあったかな?」
「あ、いえ。…あの、今晩何かご予定はありますか」

いきなり頓珍漢なことを言いだしたボクにマリカさんはきょとんとした顔をした。少し考えるように華奢な指先が少し黄ばんだ紙の端を弄ぶ。

「予定があるならいいんですが」
「いや。折角のジョルノからのお誘いだからね。ちょっと待ってくれるかな」

そう言うとマリカさんはポケットから携帯を取り出すとぽちぽちとボタンを押す。

「ああ、リゾット?ごめん、今日の夕飯の件なんだけど。うん。ちょっとデートの約束が入っちゃってね。ああ、ワインも開けちゃっていいよ。皆にもそう言っておいて。うん。約束のドルチェ?…今度沢山持ってくから。うん。じゃあ」

暗殺チームと食事の約束があったらしい。彼女の口からいきなり飛び出た他の男の名に少しばかり思うところはあったが、それどころじゃあない。冗談だとは分かっているが、デートという単語とボクの方を優先してくれたということに思わずドギマギしてしまう程度には純真だったらしい。

「よし、じゃあ今晩はジョルノとデートだね」
「はい」

ボクは今いつも通りに笑えているだろうか。赤くなっていたり不自然な点は無いだろうか。そんな心配をしながら小さくガッツポーズを送ってくるミスタ達にウィンクを送る。…ああ、本格的に舞い上がってる。


「さて、どこか行きたいお店はあるかな?」
「いえ、これと言って…」
「そう、ならお勧めの店があるんだ。美味しいイカスミのパスタを出す店があってね。私も祖父から聞いたんだけど」
「ではそこで」

鼻歌を歌うマリカさんの横に付いて歩く。…周りからはどう見えているだろうか。日本人の血が強い彼女は童顔の性質だし、背も高い方ではない。それに対してボクはどちらかと言えば大人びて見える方だ、と思っている。
笑いながら話しかけてくるマリカさんとの会話を楽しみたいと思う反面、色々な事が頭の中に浮かんできて。

「…何か考え事でもしてるのかな?何だか上の空だけど」
「あ、す、すいません」
「別に怒ってやしないからそんな焦らなくてもいいよ。ただなに考えてるのかな、って。黙ってた方がいい?」
「そんなことないですよ!」

…しまった。思わず大きな声を出してしまった。ほら、彼女も驚いたような顔をしている。出来る事なら顔を覆ってしまいたい。大体隣に居て不釣り合いじゃないか、なんて延々と考え込んでいる時点で恥ずかしいったらありゃしないじゃあないか全く。

着いたお店は思ったよりはこじんまりとしている所だった。勿論悪い意味ではなく。ただ彼女の祖父…ジョセフ・ジョースターは不動産王だし、彼女自身も組織の幹部な訳で。彼らの贔屓にしている店、という位だから格式高いところなのかと漠然と思っていたのだが。

「ここは昔ホテルのレストランで働いてたシェフが独立して作ったお店でね。今は息子さんとお孫さんがやってるんだけど。創立当初から変わらない味なんだって。私も何度か来たけど本当美味しくてね。どれも美味しいけどやっぱりおすすめはイカスミのパスタかなあ」
「じゃあ、それにします」
「うん。私もそれにしてもいいけど…どうせだから違うもの頼んで分けてもいいよね」

メニューを見ながら少し唸ってマリカさんがウェイターを呼んだ。

「イカスミのパスタとマルゲリータで。あと適当に合うもの二、三品貰えますか。鳥以外でお願いします。飲み物は…」
「ボクはワインで」
「…ああ、そっかもう飲んでも良かったんだよね。じゃあこれも合うものを適当に選んでください」

メニューを受け取って一礼して去って行く。そつのない動きは彼が熟練のウェイターである証しだろう。

「案外ざっくりした頼み方なんですね」
「うん。これが食べたい、っていう時意外は案外お任せしちゃうかなあ。どう食べるのが美味しいか一番知ってるだろうし。ああ、苦手なのって鳥だけだよね?他にあったっけ」
「いえ。…よく覚えてましたね」
「それはまあ、君の事だし。ちゃんと覚えてるよ。嫌いなのは鳥。特に鴨で好きなのは甘い物」
「…マリカさんは案外辛いもの好きですよね」
「うん。甘いのも辛いのも好きだけど苦いのは好きじゃないかなあ。基本的には子供舌なんだよねえ」

馬鹿にされるんだ、と口を尖らせる。幼い感じの仕草なのにしっくりきていて思わずこちらは笑ってしまった。

「あ、笑った。酷いなあ」
「いえ、でもボクも苦いものはあまり好きじゃないですよ」
「あ、じゃあお揃いだね」

くすくすと笑い合っていると食前酒が運ばれてきた。グラスを持ち上げてお互い一口煽る。口の中が仄かに熱くなった。
止まった会話をどう動かすか考える。こういう時はどうしたら良かったんだったか。読書が趣味なのは知っているが、どんな本を読んでいるのかは知らない。日頃自分と居ない時、どんなことをしているのか、誰と居るのか。気になるが急に切り出して変に思われないか。
彼女と居ると、どうもいつもの自分で居られない。思考が上滑りして、そわそわとしてくる。それが嫌ではなく幸せだと思うのだから末期だと自分でも思うが…。こんな時ブチャラティやミスタだったらどんな風にするのか。ブチャラティなら女性を喜ばせる会話は得意だろう。ミスタも場を盛り上げられるに違いない。そんな今更考えても仕方のない事ばかりが浮かんで。結局、仕事の話をしてしまう。

「最近は大分周りも落ち着いてきましたね」
「うん。それもこれもジョルノと皆のおかげだね。馬鹿なこと考えてた幹部ももう大体処理で来たし。他の組織はまあ、DIOとの繋がりもあって初めから手を出さなかったしね。身内が一番愚かだったって言うのは笑えないけど…ま、急な代替わりだから仕方なかったかなあ」
「例のチームの方も…」
「それは徐々に、だろうね。モノがモノだけに動く金も関わる人間の数も多い。下手に止めれば他が入り込む余地を与えるようなものだから。代わる財源の確保も進んでるし。…君やブチャラティには申し訳ないけどもう少し時間がかかるよ」
「それは、覚悟していますから」


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