神隠しの少女 | ナノ






「…ラバーソールは私に怖がってほしかったの?」

茉莉香の問いに少し怯む。ラバーソールは決して怖がってほしかったわけではない。出来れば怖がってほしくないとも思っていた。しかし、今までの言動では怯えてほしいと言っているようなものである。その矛盾が更に彼を混乱させた。

「いや、そうじゃねえけど。でも、普通怯えんだろあんなの見んの…」
「うーん…」

そっぽを向きながら答えれば、唸りながら茉莉香が考え込む。その口から言葉が発せられるのが待ち遠しい様な恐ろしい様な不可解な感情がラバーソールを苛んだ。

「…もし、ラバーソールのスタンドじゃなかったら怖がってた、かな」
「は?」
「だからさ、さっきも言ったけどラバーソールが私を攻撃するなんてこと無いじゃない?それが分かってたから怖くないんだけど」

茉莉香の言葉を理解しようと脳味噌がグルグルと回転する。しかし、日ごろこんな事を考えないラバーソールの脳では理解が追いつかない。それを知ってか知らずか茉莉香は話を続ける。

「大体さっきの人だって侵入者か何かでしょ?それを見るかもしれないのはこの館に遊びに来てる時点で覚悟してるしねぇ…」
「…」
「死体見るより君が怪我してたりとかする方がよっぽど嫌だし。考えただけで寒気がするよね」

ラバーソールはもう、何も言えなかった。茉莉香の話を聴いている内に、自分が何故こんなにも苛立ったかに気付いてしまったからだ。
自分はただ、茉莉香に嫌われたくなかった、好きでいてほしかっただけなのだ。初めはただ怖がってほしくなかった。それは叶った。しかし、今度はその変わりない態度がまるで自分の事が蔑ろにされた様な気がしたのだ。茉莉香の様な普通の子供が自分を怖がらないはずはなくて、それをしないのはただ興味がないから適当に合わせているだけではないかと。よく考えれば興味がなかろうとあんな通常通りの反応が出来るはずがないのはラバーソールにも分かる。しかし、混乱していたあの時はそんな事を考えられなかったのだ。
…恥ずかしい。とにかく恥ずかしかった。自分は何を勝手に不安になって怒って泣いて。どれだけ情緒不安定だというのか。
また伏せようとした頭をポンポンと叩かれる。

「でもまあ、ラバーソールが無事でよかったよ」

にこりと笑う茉莉香はやっぱりどこから見てもそこらにいる普通の女の子の様で。その普通さが好きだった。この世界に入ったら、こうしてただ笑いかけてくれるような人間には出会えない。誰もが皆何か下心を持っていて。だからこうして"普通"な茉莉香に嫌われたくなかった。今となっては茉莉香が普通の一言で括れないことはラバーソールも分かっている。だけれどもやはり茉莉香の笑顔は普通そのもので。それがとても尊いもののように感じられる自分はどこかおかしいのかもしれない。そう思いながらラバーソールは茉莉香に笑い返した。



歪な普通が眩しくて

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