神隠しの少女 | ナノ






結局私はその場で返事をすることが出来なかった。貞夫さんは丁度イタリアでの公演があるので1週間後にまた会いに来ます、と私の頭を一撫でして去って行った。そして、件のジョセフさんはと言うと…。

「これから1週間宜しく頼むよ」
「は、はい…」

貞夫さんが来るまで一緒に暮らすことになった。大事な事だから2度言おう。一体どういう事だ。どう言う事なんだ…!
頭を抱えたい衝動に駆られる。というかこの人不動産王だろ?仕事はどうしたんだ仕事は…!

「あ、あの、ジョセフさん、お仕事は…?」
「ん?ああ、そんなこと気にしないでいいんじゃよ」

にこにこと笑われてはそれ以上突っ込めない。頼むから何かトラブルが起きて帰ってくれと祈ってしまうのも無理はないと思う。

「それよりも茉莉香ちゃん」
「はい、なんですか」
「敬語なんて使わんでくれ」
「え?」
「茉莉香ちゃん、わしはな君が日本に行くという事を迷うのもわかる気がする。今までずっとここで暮らしてきて、いろんな思い出もあるじゃろうし、これ以上環境が変わるのも不安じゃろう。空条家の一員になるのを躊躇うのも当然じゃ。このままここで暮らすことを選んでも仕方ないと思う。しかしな、君はもうわしにとっては孫も同然じゃと思っている。…孫に敬語で話されるというのはちょっと寂しいんじゃよ」

私と目線を合わせ、肩に手を置きながら訥々と喋るジョセフさんに気圧される。何故、こうも真っ直ぐに見詰めてくるのだろう。綺麗な緑色の目には同情なんて安っぽいものはなく、純粋に慈愛に満ちていて。酷く、泣きたくなってしまう。
何も知らぬ無知な子供だったらどれだけ幸せだっただろう。この優しさに溺れてしまえたら。…でも、それは叶わないのだ。私は無知な子供ではないのだから。
結局私は何も言えずに目を伏せることしか、できない。

「…まあ、急におじいちゃんと思ってくれと言われても難しいじゃろう。だがわしは諦めが悪くてな!この1週間で絶対茉莉香ちゃんと仲良くなってみせるぞ!」

そう言ってにやりと笑うジョセフさんはやっぱり優しくて。私はどんな顔をすればいいのか分からなかった。
とりあえず、ジョセフさんが泊まれるようにと掃除を始めると、ジョセフさんが手伝おう!と意気揚々と参加してきた。…が。びっくりするくらい掃除が下手糞だった。まず基本的な上から下へが分かっていない。最終的には私が全て指示を出し、それに従ってもらうという形になった。

納得できる程度になった頃にはお昼を少し過ぎていて。少ない材料だがなんとかそれなりの形になった料理を差し出す。

「美味そうじゃな!掃除も上手だし茉莉香ちゃんは良いお嫁さんになるぞ!」
「あ、ありがとうございます」

褒められるのはあまり慣れてなくて照れてしまう。というか、さすがジョースター家。表情や動き一つ一つに華があるというかなんというか。ついつい見惚れてしまいそうになるので困る。全くナイスミドルと言うのは罪だ。

とりあえず当たり障りのない会話をして遅めの昼食を終える。洗い物をして戻ると机の上になにか本の様なものが乗せられていた。

「それは…?」
「アルバムじゃよ。どんな家族か分からないと茉莉香も困るじゃろう」

いつの間にかちゃんすら付けなくなったジョセフさんに苦笑いしつつ、手招きされるまま椅子に座る。…いやだって、承太郎の小さい頃の写真とか見れるかも知れないじゃん?ファン根性丸出しでアルバムを覗き込むと…。

「か、可愛いっ…!」

そこには天使がおりました。透き通るような白い肌に零れ落ちそうなくらい大きな緑の目。にこりと笑う頬にはえくぼが浮き出ていて、背中に羽が生えてないのが不思議なくらいだった。

「そうだろう、そうだろう!」

私の反応にジョセフさんも大きく頷く。

「この子は承太郎と言ってな。茉莉香の6つ年上じゃな」
「承太郎…さん?」
「承太郎でいい承太郎で。この子は本当に可愛い子でなあ…。天使の様じゃろう」
「本当ですね」

…その天使のような子に後3年もすればじじいと呼ばれるんだよな、とついジョセフさんに同情してしまう。

「最近は反抗期なのか悪ぶっておるが、本当は良い子なんじゃよ」

ホリィさんと同じような事を言うジョセフさん。やっぱり親子なんだなぁ。

「隣に居るのがホリィ。わしの娘じゃよ」
「お綺麗ですね」

お世辞ではなく本気でそう思う。なんというか、ジョースタ―の血って怖い。

「そうだろう。自慢の娘でなぁ。甘ったれだが優しくて愛に満ち溢れていてわしの自慢だよ」

そう呟くジョセフさんの目はとても優しいものだった。

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