神隠しの少女 | ナノ






シトシト、シトシトと冷たい雨が降り注ぐ中、ジッと目の前の墓標を見降ろしていた。肩に置かれたディアボロの手だけが暖かい。ひそひそと影の様に黒づくめの人々がささやく声が妙に大きく聞こえた。

"可哀そうに、お祖母さんに続いてお祖父さんまで"
"誰が引き取ってあげるのかしらね"
"ご両親も亡くなっているんでしょう?"
"…あの子が何か悪いものでも持ってるんじゃあないの"

最後の言葉にディアボロの手に力が籠ったのがダイレクトに伝わってくる。目を上げれば、殺気染みたものを滲ませながら人の輪を睨みつけていた。
宥めるように手を叩けば、眉間にしわを寄せながら私を見降ろしてくる。

…そんな辛そうな顔、しないでほしい。私よりよっぽど傷付いているじゃないか。
肩に置かれた手を外し、くるりと振り返る。それに気づいた女性が慌てて視線を逸らした。
その反応は自分が言いましたと宣言している様なものだな、と苦笑したくなる。

「今日は、おじいちゃんの為に寒い中お集まり頂いてありがとうございました。おじいちゃんも喜んでいると思います…。本当に、ありがとうございました」

深深と頭を下げた私に『気を落とさないで』と声をかけながら墓地を出ていく人々を見送る。あの女性はそそくさと立ち去ったようだ。
私とディアボロ、神父様だけがその場に取り残される。

「マリカ、…今日は大変だっただろう」
「いえ、…忙しい方が気も紛れますから」

神父さまが痛ましげな表情で私を伺う。…そんなにも酷い顔をしているのか少し気になってしまった。

「そうか、だが今日は顔色が悪い。もう休みなさい」
「そう、ですね。そうさせてもらいます」

教会に泊ってもいいと言われたけれど、それも申し訳ない。送って行くというディアボロを制して一人家へと戻った。

静まり返った家は少し埃臭い。ここ数日病院に泊まり込みだったせいだろう。窓を開けて空気を入れ替え、ソファに腰を下ろす。
…また、一人になってしまったな、としみじみ感じた。

家族を全員亡くしたのは実に12年ぶりだ。5年前は意識を取り戻した時にはおばあちゃん達が居てくれたし。こうして、誰も帰ってこない家は酷く色褪せて見えるものだという事を久しぶりに実感する。
ほんの半年ほど前の自分だったら、きっと取り乱してまた引き籠っていたんだろうなあ。

ここまで落ち着いていられるのは、それなりに覚悟が出来ていたからだろう。

おじいちゃんが倒れたのはあの事件から一か月ほど経った頃だった。運ばれた病院で告げられたのは、余命3カ月と言う絶望的なものだった。その時はやはり私は疫病神なんじゃないか、なんて自分を責めた。
全く、泣き喚いて決めた覚悟やらなんやらは何だったのだと今なら冷静に突っ込めるが、あの時は本当に辛かった。

だけれど、その時おじいちゃんはまだ生きていて。今日まで半年間、私には出来る事が幾つもあった。毎日病院に通い、出来る限りの事をしたと、思う。
目の前で突然喪ったこれまでに比べれば、後悔なく日々を過ごすことが出来たんだろう。
そう思えるのは、宣告された余命の倍生きて、亡くなった時でさえ微笑みを浮かべていたおじいちゃんのおかげだ。…本当に感謝しても、しきれないなぁ。
いつの間にか頬を涙が伝っていた。私はそれを拭う事もなく、ただただ落ちるにまかせていた。


涙が止まり、開け放っていた窓から入り込む風に身体を震わせると同時に、腹の虫が存在を主張し始める。全くどんな悲しい時でも人間の体は貪欲だ。
自分自身に苦笑しながらキッチンへと向かう。なにか食べるものがあったか考えながら、この家で食事が出来るのももうわずかなんだな、と思った。

いくら生活能力があるとは言え、二桁にも満たない子供が一人で暮らすのは認められないだろう。…この後私はどうなるんだろうか。
一番有り得るのは神父さまが引き取ってくれる…という事になるのだろうか。いや、もしかしたら親戚とか居るのか?

おじいちゃんはおばあちゃんとの結婚を認めてもらえずに勘当同然にイタリアに来たらしく、親戚の話は聞いたことがない。おばあちゃんの親戚も皆戦争やらその後の混乱やらで連絡がつかなくなってしまったらしい。
可能性があるとしたら母方の親戚、ということになる。が、年賀状とかあったっけな?話に出た事もなかった気がする。
本来ならばおじいちゃんの葬儀までに調べておくべきことだったのだが、あまり乗り気にはなれなかった。なのでおばあちゃんの葬儀の際に作られた名簿の人だけに連絡したのである。その際日本人らしき名前はなかった。

「…つまり、またもや身寄りがないというわけか」

声に出して確認してから大きくため息をつく。うん、もう嘆いたりはしないけれども、やっぱり自分はそういう星の元に生まれたんだろうな、なんて感じ入ってみた。

…それも、翌日までの話だったわけなんだけれども。
(神様とやらはずいぶん私を困らせるのが好きなようだった)

[ 1/3 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]