神隠しの少女 | ナノ






コーヒーを飲もうとカップを傾けた所で中に何も入っていないことに気付く。飲み干したことにすら気づかなかった自分に呆れた笑いが零れた。いつの間にか昼もとうに過ぎていたようだ。今食事を摂ると夕飯に響くだろう。どうしたものかと考えていると、騒がしい足音が耳に飛び込んできた。自然と肩の力が抜けたのが分かる。

「マリカ!」
「マリカさん!」

ノックもなしに飛び込んできた二人に小言の一つもくれてやろうかと思ったが。そんなことを考える脳味噌とは裏腹に体は正直なもので。嬉しそうに笑う二人を今度は正面から抱きしめていた。

「おかえり」
「「ただいま!」」

はにかみながらも元気に返事を返す二人に大きな怪我は無いようだ。…試験は無事に終了したということだろう。

「どうだった?」
「ポルポってすげえデブだった」
「そこじゃないでしょう。…色々と驚くことは有りましたが…二人ともなんとかなりました」
「そう…それは良かった」
「っていうかさ!スタンドってのを貰って分かったけど…マリカがおれ等に見せてた手品ってスタンドにやらせてたのか!?」
「あ…そうか、もう驚かせなくなっちゃったなあ」

すげえ手品だって信じてたのに!と喚くスクアーロを尻目にティッツァーノが言葉を連ねる。

「わたし達のスタンドはまだよく分かって居ませんが…ポルポはあなたの元でのんびり覚えて行けばいいと」
「そうだね」
「あと、あなたによろしく伝えてくれと言っていました」
「そう」

組織に入りたいと願う人間を篩にかけるのは彼の仕事である。わざわざこうして言付けたのは報酬に色の一つも付けろということだろう。欲深い事だが…それ故に彼は欲を満たしてさえやれば忠実な駒の一つだ。ここはケチるよりも出すものを出してやった方がいいだろう。金以外にも何か美味い物でも手に入れてやろうか。そんなことを思案しているとぐいぐいと服を引っ張られる。

「なあなあ!これでおれ等も組織の一員だよな!」
「ああ、そうなるね」
「ならなんか仕事とかくれんだろ?かっこいいドンパチとか!」

無邪気に笑うスクアーロに苦笑してしまう。まだスタンドをまともに使えないのにそんな危ない場に連れ出しても足手まといになるのは目に見えているし、何より組織はそれなりに安定している。最近は机仕事ばかりしているというのを言っていた筈だが。

「まだあげられる仕事は…ああ、一つあったかな」

私の言葉にスクアーロだけではなくティッツァーノの瞳も輝く。年にしては冷静な少年もやはり力を得て高揚しているのだろう。しかしそんな二人に対して告げる内容は水を差すようなものだ。

「子守りをして欲しい」
「子守りー?」

不満を露わにするスクアーロの固い髪をわしわしと撫でつける。そして真剣な顔を作って声を潜めた。

「君たちが相手をする子は組織にとってとても大事な子だ。傷をつけることは許されない。私達の仕事を知られてもならない。二人には私が大切な話を終えるまでその子を守ってほしい。…出来るね?」

ごくりと唾を飲んだ二人が神妙な顔で頷く。それに頷き返して、さあ行こうかと言おうとして間抜けな音が部屋に響いた。

「…食事、とっていなかったんですか」
「…うん。ちょっと待ってもらってもいいかな」
「しまんねーな」

口を尖らすスクアーロにごめんね、と謝りつつ戸棚から焼き菓子を出して二人にも渡す。嬉しそうに齧り付く姿を眺めながら、これから会う親子の事を考えていた。



「ドナテロさんですね」
「…ええ。…あなたは誰かしら?」

夕日が差す路地で仲睦まじく手を繋ぐ母娘に声を掛ける。振り返り私達を目にして母親――ドナテロは訝しげに眉を顰めた。見ず知らずの少年少女に声を掛けられればそうもなるだろう。母の手を掴んでいるトリッシュはきょとんと不思議そうな顔をしていた。顔立ちはドナテロ似だろうか。しかし夕日を受けて赤みを増した髪の色はディアボロにそっくりだ。
視線を受けて母の後ろに隠れるシャイさも彼譲りだろうか。そんなちょっとした共通点に少しずつ親愛の情が湧くのを感じる。二人に安心して貰えるよう一度にこりと微笑んで。

「…私はソリッド・ナーゾの使いの者です」

今度こそドナテロの顔に緊張が走った。それを敏感に感じ取ったのかトリッシュが心配そうな顔をする。そんな彼女にスクアーロとティッツァーノの二人が話しかけた。

「お嬢ちゃんお名前は?」
「…トリッ、シュ」
「トリッシュちゃんか。お母さんはお姉ちゃんとお話があるんだ、お兄ちゃんたちとあそこの公園で遊んで待ってよう?」

母親を窺うように見上げるトリッシュにドナテロは戸惑ったような顔をした。

「勿論危害を加える様な真似はさせません」

私の言葉に少しの間逡巡して、ドナテロは娘の背を押した。

「おはなしが終わるまでお兄ちゃんたちと遊んできていいわよ。でもちゃんと見えるところに居てね」
「うん!」

シャイな所はあるが元々大胆な気質なのだろう。トリッシュは大きな遊び相手が出来たことを純粋に喜んで二人の手を引いて駆けて行った。それを見送って再び対峙する。

「…彼の、ソリッドの使いなのね」
「ええ。…あの子の、トリッシュちゃんの父から頼まれました」

そう言うと、ドナテロは深くため息を一つ落とした。

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