神隠しの少女 | ナノ
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途中で血が足りないと慌てる医師に承太郎が勢いよく立ち上がって驚かせたり、ホリィママが貧血を起こしたりで慌ただしい時間が過ぎた。普段承太郎と顔を合わせれば嫌味の一つもかますDIOも静かに佇んでいる。一秒一秒が酷く長く感じていたその時。元気な泣き声が聞こえた。
反射的に全員が顔を見合わせる。ばたりと扉が開いて看護婦さんが顔を出した。

「生まれましたよ!元気な女の子です!」

腰を浮かせた承太郎が大きな息を吐いて椅子に座りこむ。そして次の瞬間ハッとしたようにまた立ち上がった。

「あいつの容体は…!」
「奥様も頑張ってくださいましたよ。今はまだ麻酔が効いているのでお話は出来ませんが…。暫くの間安静にしていれば問題ありません」

その言葉に今度こそ腰が抜けた様に座り込んだのを全員で微笑ましく見守る。…弱冠一名からかってやろうと目を光らせていたが。
そうしている内にストレッチャーが中から出てきた。まだ意識がもうろうとしている彼女に駆け寄った承太郎が何か言葉を交わしていた。

「奥様は病室の方へお運びします。お子さん抱いてあげてくださいね」

看護婦さんが微笑みながら中を指差す。戸惑ったような承太郎の背をホリィママが押した。おずおずと中に入った承太郎が少しして顔を出す。

「来てくれ。…抱いてやってほしい」

承太郎の言葉に嬉しそうに駆けるホリィママの後姿を見ていると承太郎に呼ばれた。

「茉莉香、お前もだ」

その言葉にどうするべきか悩んでいると今度は私がDIOに背を押される。振り返れば意地の悪い笑みを浮かべていた。それに舌を出して中に入る。
無機質な手術室の中疲れているが明るい顔をした医師や看護婦が承太郎たちを優しく見つめていた。承太郎の腕の中には小さな赤ん坊がふにゃふにゃとした体を預けている。
見ているこっちが心配になるほど恐る恐る抱き上げる腕の中で赤ん坊は元気に泣いていた。それを受け取ったホリィママが優しく笑う。

「生まれてきてくれてありがとう。承太郎もお父さんになったのねえ」
「…ああ」

グイッと下げた帽子の下でどんな顔をしているのか。涙の一つを浮かべていてもおかしくない。そんな承太郎の姿を眺めているとホリィママが私を呼ぶ。

「抱いてあげなさい」
「でも…お義姉さんに悪くないかな」
「あいつも一瞬だが抱いてはいる。…それにお前たちに抱いてやってほしいと言ってたぜ」
「……」

躊躇う私にホリィママが差し出してくる。しわくちゃの赤い顔がこんなにも可愛く見えるのは身内の贔屓目だろうか。
承太郎に負けず劣らず恐る恐る手を差し出そうとして一度引っ込める。血で汚れている私が、本当に。先程笑い飛ばしたはずの不安が頭をもたげて動けない私の肩に大きな手が乗った。
嗅ぎ慣れた香水が鼻を擽る。耳元に寄せられたDIOの唇から漏れる息がくすぐったい。

「ホリィを除く私たち全員が手を汚している。お前だけが今更躊躇ってどうする馬鹿め」

小さく囁かれた言葉は決してやさしくはないが、事実で。震える手を差し出せば軽い、けれど重たくて仕方のないそれが乗せられた。

「…この子、名前は決まってるの?」
「ああ。徐倫、だ」
「そっか。…こんにちは徐倫。生まれてきてくれて、嬉しいよ」

小さくて熱くて、生きていると全身で伝えてくるその小さな体が愛おしくて愛おしくて。

「ここにいる皆が君を待ってたんだ。幸せに、大きくおなり…君の幸せを祈って、守ってあげるからね」

どれだけ私が汚れたって、苦しくたって。私は君を、君を愛している家族を、守り抜くから。だから、幸せに。幸せに生きて。



「…かなり長居したけど平気だったのかな」
「財団の病院だし文句は言わねえだろう。それに…徐倫は健康そのものだしな」
「お義姉さんは?」
「…命に別状はないようだ。暫くは病院暮らしだが…まあおふくろも居るしな。暫くすりゃあ元気になるさ」
「そっか。…じゃあ私はイタリアに帰るとするかなあ」
「もう行くのか?」
「仕事も忙しくってさあ」

私の言葉に眉を顰める承太郎に笑いかける。

「大丈夫だよ。…のんびりする時間が作れる程度には頑張らなきゃね」
「…ああ。無理しすぎんなよ」
「承太郎もね。頑張れ、お父さん」

照れくさそうにそっぽを向く承太郎にケラケラと笑ってから小さく手を振る。彼から離れ出口付近にあった公衆電話の受話器を取る。

「ああ、ディアボロ?うん、これから帰るから。うん。…ああ、その件ならもう動いてるよ。うん。始末する手立てもついてるから。ああ、いやいいよ。うん。じゃ、また後で」

がちゃりと受話器を置くと後ろから控えめな拍手が聞こえる。わざと億劫そうに振り向けばやはりDIOの姿があった。

「つい先ほどまでは自分が赤ん坊を抱いてもいいかなんて言ってたくせにその数分後に『始末する』か。素晴らしい変わり身の早さだな」
「お褒めのお言葉どーも。…善人振るお時間は終わったんだよ。さっさと帰って山積みの仕事終わらせなきゃのんびり徐倫の顔も見れやしないからね」
「それはそれは」
「ああ、もちろん君の所に遊びに行く時間も欲しいし」

一瞬虚を突かれたような顔をしたDIOがフンっと息を吐いた。殊勝な心がけだなという声は少しはずんでいる。…相変わらず可愛いところがある男だ。

「さ、お見送りしてくれてもいいんだよお兄さん?」
「…仕方がないな、このDIOに見送られるという栄光を貴様にやろう」
「はいはい」

差し出された手を握り返して暗い夜道に一歩踏み出す。何時の間に連絡していたのか黒塗りの高級車の前に佇んだテレンスさんが頭を下げる。

「テレンスさん、この困った吸血鬼のお世話お疲れ様です」
「いえいえ。もう慣れましたよ」
「おいテレンス、そこは否定するところだろう。このDIOの執事として仕えられる喜びを忘れるなよ」

尊大な態度のDIOにはいはいとふたりして受け流す。短い会話を終え二人に小さく手を振った。スタンドで移動する寸前、一度病院を振り返る。
あのどこかに、私の守るべき人たちが居る。どれだけ私が汚れようと手を差し伸べる人たちが。…ならば私は足掻けるだけ足掻こう。

「さあ行こうかスピリッツ・アウェイ」

瞬く星が静かに見守る中、生まれたあの子に祝福を。



今日は祈ろう
血に塗れた手で、恥じることなく

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