神隠しの少女 | ナノ






「承太郎!ホリィママ!」

白い廊下を駆けて見慣れた二人の所に駆け寄る。ハッと顔を上げた二人の顔色は酷く青褪めていてこちらも少し血の気が引いたのが分かった。

「…お義姉さんの具合は?」
「…分からないわ。お医者さんは大丈夫だって言ってたけれど」

力無く首を振るホリィママの後ろで承太郎が強く拳を握りこんだのが見えた。その手を取ろうと一歩踏み出した所で体が固まった。そんな私に気付かなかったのかホリィママが承太郎を痛ましげに見つめ手を取る。

「大丈夫よ承太郎。赤ちゃんも、あの子もきっと大丈夫。だからしっかりしなさい、お父さんになるのよあなたは!」
「…ああ、分かってる大丈夫だ」

眉を寄せながらも毅然とした目をする承太郎に小さく息を吐いて私は踵を返した。

「二人とも飲まず食わずなんでしょう?何か軽く食べれるものとコーヒーでも買ってくるよ」
「ああ、ごめんね頼んだわ」

ホリィママの言葉に頷き返して待合室を出る。少し落ち着いた所に鼻を突く消毒液の匂いに目を細めた。人目がないのを確認して服の匂いを嗅ぐ。…心配したような血の香りはしていない。振り返れば手術中と書かれたランプが煌々と照っている。その中で新しい命を産むために、命を掛けている人が居る。そしてその無事を祈っている自分が居る。

「…自分勝手にも程があるなあ」

誰かに望まれていたであろう命をつい先ほど、奪ってきたばかりだって言うのに。
無意識にごしごしと服で手を拭いていた。よく洗い流したはずなのに、まだ血が付いているような気がして気持ちが悪い。普段ならばこんなことを気にしたりはしないのに。この、病院と言う場所が悪いのだろう。誰も彼もが生きるために生かす為に汗を流している。近頃の私の境遇とは真逆すぎて――身の置き場がない。
DIOの率いるザ・ワールド商会との同盟が組まれ、私がパッショーネの筆頭幹部となって数か月。パッショーネは混乱の渦にのまれていた。従来通り積極的に他の組織を潰し、乗っ取る中反乱の芽が生えては摘まれていく。幹部の面々も顔ぶれがどんどんと変わって行った。
そんな中私はと言えば反逆者の的となりつつ金策と書類仕事に振り回される忙しい日々を送っている。麻薬チームは軌道に乗り始めたもののまだ大きな金を生み出す力はない。それに対し抗争を続けるには結構な金がかかる。そう言う意味では私を狙う人間が居るのはありがたいとも言えるだろう。反逆者を始末し、そいつが貯め込んでいたものを組織の運営に回す。そんなサイクルが出来上がると反乱の意志がない人間からは上納金が減って感謝されたりもするのだ。
とはいえ、狙われ続けるのもそれを始末し続けるのも決して楽ではない。日に日に感覚が麻痺していっていたが…こういう状況では嫌でも自分の行いが薄汚いものだと自覚させられる。
もう少しで落ち着くはずだ。そう自分に言い聞かせながら過ごす日々があとどれだけ続くのか。

「あざーしたー」

店員のやる気のない声を聞きながら店を出る。ひんやりとした風が秋になったのだとを告げてきた。
…徐倫は、彼女は無事だろうか。母体の容体が悪く帝王切開になったと聞いた時は血の気が引いた。人を殺すのが当たり前の日常を送っているくせに身内が危ういと聞けば嘆き慌てふためく。全く人間と言うものは勝手なものだ。
病院へと向けていた足がピタリと止まる。暗い夜道に静けさだけが寄り添う。
このまま、戻ってもいいのか。私が生まれてくる子の、母の無事を祈っていいのか。人を殺してきた手で祈るために手を組むのは酷く、醜悪な図である気がする。

「ああ、くそ」

今、とてつもなくDIOに会いたい。弱気な私を鼻で笑って欲しい。こんな殊勝な考えを持つのは自分に酔っているだけで滑稽だとせせら笑う本心を、肯定して欲しい。私は何時まで経っても悲劇のヒロインを演じるのが好きなようだ。悲しいのは本気で酔えずに冷静な部分があるのにも関わらずこの悪癖を止められないことか。

「DIO」
「呼んだか」

かつりと革靴を鳴らす音がして、思い浮かべていた彼の声がする。勢いよく上げた視線に、街頭を反射する金色の髪がふわりと揺れたのが見えた。

「何を間抜け面をしてるんだ」
「…え?は?何でいんの君」
「居るのが分かってて呼んだんじゃないのか」
「え?いや、え」
「んっんー?なんだ、このDIOに会いたくて思わず名前を呼んだという事か?中々可愛い所もあるじゃあないか」

私の言葉に気をよくしたのかにやにやと笑うDIOに少々苛立ちを覚えたがそれ以上に驚きが上回って嫌味の一つも出てこない。

「いやうん、で、何でいるの?」
「承太郎から聞いていないのか?財団の関係で私の所に来ていたところに嫁の容体が急変したと連絡が来てな。ぎゃあぎゃあと五月蠅いから自家用ジェットで日本まで連れてきた。私も仕事が一段落したから暇つぶしに付き合ってやったんだが」
「ああ…承太郎も焦ってるみたいで全然話してなかったから。…そうだったんだ」

ふう、と息を吐き出す私にDIOが近づいてくる。彼の影が落ちて暗さが一段と増した。

「で、お前は何を浮かない顔をしているんだ」

長い指が頬を撫でて髪を梳いた。その手を掴んでゆるゆると指を絡めれば拒否もせずすっぽりと収められる。

「…自分の愚かさを嘆いてた所だったから。あとついでに疲れてて」
「お前が愚かなのは今更だろう」
「確かに」

きっぱりと言い切る彼に思わず笑みが浮かぶ。ああ、この言葉が欲しかったんだよなあ。
漸く動くようになった足を前に踏み出す。文句も言わずにそれに付き合うDIOは歩幅の違いか少し歩きづらそうだ。

「足長いなあ。切れよ」
「誰が切るか」
「切って私にくれ。そしたら並んで歩くのも楽になる」
「お前が足を伸ばせばいいだろう。第一ここ数年成長が止まっているのではないか?身長といい…胸といい」
「死ね変態吸血鬼。というか私はあれだから!身長も胸も平均だから!君の周りにナイスバディが多すぎんだよチクショウめ!…マライアさん達に胸を育てる方法でも聞こうかなあ」
「そうしろ」
「くそが死ね」

下らないことを言いつつ歩き続けると病院の入り口が見える。思わず歩を止めた私をDIOが見下ろしているのが分かった。

「ねえ、私はあの子が生まれてくるのを祈ってもいいのかな。…抱いても、許されるかな」

小さく震えた私を馬鹿にするようにDIOが笑った。

「聞かなくても分かっているくせに。相変わらず善人ぶりたい愚かさも変わっていないな」
「…にべもねえな!」

そうしていいと思われているから私はここにいて、彼らの隣で祈るチャンスがあるわけで。全く、本当に愚かなのだ私という奴は。

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