神隠しの少女 | ナノ






「イタリア、って…なんで急に、そんな」

眉を顰めた典明君が苦々しい口調でそう尋ねてくる。私は少し躊躇って、出来る限り明るい声を出した。

「急って訳じゃなくて。ずっと考えていた事ではあるんだ」
「…何か、うちに不満でもあったのか」

思わぬ発言に今度は私が目を丸くする番だった。承太郎はそんな私に歯がゆそうな顔をする。

「不満があるから戻りてえなんて言ってるんじゃねえのか」
「そんな訳ないじゃない。承太郎もホリィママも貞夫パパも大好きだよ。日本に来て典明君とも会って、他にも大事な仲間も出来た。空条家の一員になれて後悔したことなんてないよ」
「じゃあ、なんで!」
「承太郎!落ち着け。茉莉香もそんな風に言われたら話しづらいだろ」
「…ありがとう典明君」

何て言えばいいか分からなくて、私はガリガリと頭を掻いた。
…そう、このことに付いてはずっと考えていたんだ。イタリアから日本に来てもう7年が経つ。その間に色々なことがあった。大きな目標であったDIOとジョースター家の因縁も終止符が打たれたし、その後の事もなんとか大きな問題なく進んでいる。しかしこれから先もそうかと言えば、そうではなくて。
今私にとって一番気がかりなのはディアボロ…血の繋がらない兄の事だ。今この瞬間も、パッショーネは勢力を拡大している。このままいけば彼の地位は盤石の物となるだろう。…ミスをしなければ、だが。
組織が大きくなれば維持するための金は膨らみ続ける。組織の体勢的に麻薬や暗殺は避けて通れない道だろう。実際近々麻薬チームが結成されることになっている。
それに対して思うところがないわけではない。ブチャラティ…彼は確か麻薬によって人生が狂った人間の一人だ。父が麻薬売買の現場を見ずにすめば、真っ当に生きられる。他にも多くの人間の人生が変わる筈だ。
だがしかし、麻薬を使わずに巨万の富を生み出すのは難しいのも事実だ。公共事業への食い込みなど大きな金が動くことに参加するためには、その富が必要不可欠だ。元手を得るために手っ取り早い手法だし、何より既によその組織が蔓延させている以上そこを奪わないと足元を掬われかねない。いつかは手を引くにしても今は積極的に介入するしかない訳で。結局大きな流れには逆らえない。つまり、彼の地位を覆す彼らが生まれることを止める手立てがない。
私はディアボロを、兄を側でサポートをしたい。
それは、私がやらなくてはならない、目を背けることは許されない、許せない事だ。それに、もう一つの大きな懸念事項。…唯一身柄を引き取る事の出来なかったジョルノに繋がる道でもある。

…さて、これをどう説明すべきか。ディアボロの存在は話したことは有るがまだどんなことをしているのか話してはいない。彼が渋るせいで顔合わせすら済んでいないのだ。ジョルノに至っては何故そんなことを知っているって話だし。
考え込んでいるとしびれを切らしたのか承太郎が私の名を呼ぶ。…考えてる暇はないか。第一彼の事だ。適当なことを言って誤魔化されてくれるとも思えない。

「長くなると思うし…とりあえず座ろうか」

縁側を指差し、三人並んで座る。…あ、これ案外正解だったかもしれない。承太郎の顔を直視しないせいか多少話しやすい気がする。

「イタリアに私の家族…血は繋がって無いけど兄と思ってる人が居るのは知ってるよね」
「ああ」
「その人に関係があるのかい?」
「うん。彼はね、DIOと同じ…所謂ギャングのボスでね。今絶賛勢力拡大中なんだよ」

二人が息を飲んだのが分かる。その反応に苦笑しつつ私は言葉を続けた。

「私は彼の手助けがしたい。正直な所DIOみたいな絶大なカリスマ性を持ってるわけじゃない。やってることがやってることだからね、敵だけじゃなく身内だっていつどうなるか分からない。だから私だけでも、絶対に裏切らない人間として、側に居て助けてあげたい。役に立ちたいんだ」
「それじゃあ、君もギャングになるって言うのか!?」
「うん。そうなるね」
「…そんなことを、許すと思うのか」

スッと立った承太郎が私の目の前に立つ。怒りと焦りが混じった瞳に私は一瞬息を飲んだ。…けれどここで引くわけにはいかない。

「許すとか、許さないって問題じゃあ、ないんだよ承太郎。これは私にとって決定事項なんだ。…承太郎が止めても、誰が止めても翻すつもりはない」

ギリっと歯を噛みしめる音が鈍く響く。爛々と燃える様な瞳が私を射ぬいた。

「そういう所に行くのがどういう意味か分からねえわけじゃあねえだろう」
「そりゃあね。だけどそれが、なんだっていうの?」

カッとなったのか振り上げた手を典明君のハイエロファントグリーンが絡め取る。

「承太郎!落ち着け!」
「これが落ち着ける話か!」
「…承太郎。君が怒るのも分かるし、怒ってくれるのも嬉しいよ。でもね、私は。自分の手が汚れる事よりも、傷付くことよりも…大切な誰かを喪う事の方が怖い。それが、私が居れば防げたかもしれないと後悔するかもしれないと思ったら、それは死ぬよりも恐ろしいんだよ。それは、承太郎も、典明君も。皆分かっているでしょう?」

あの旅で、私たちは誰を喪ってもおかしくなかった。喪いたくない友の為に、家族の為に、私たちは自分の命を賭けて戦った。

「私は、一回間違えた。私がもっと気を付けていればおばあちゃんは死なずに済んだかもしれない。おばあちゃんを殺した相手を殺したって、そんなこと何もならなかった。…起きてしまったことはどうしたって取り返せない。だから、もう二度と。二度と、誰も喪いたくない」

二人が私の言葉に視線を逸らす。…狡いことを言っているのは承知の上だ。この事を持ち出せば責められない事を私は分かっていた。

「だが…」
「それにね、私は彼に恩返しがしたいんだ」
「恩返し?」
「うん。私はね、一度死のうと思った。守れる力があったのに守れなくて。実の両親は私を守って死んだ。おばあちゃんは私のせいで死んだ。…おばあちゃんが死んだあと本気で自分を呪ったよ。自分は疫病神で、大切な人を殺してしまうと本気で思った。…これ以上不幸にする位なら死にたいと願った」

私を見る二人の目に映るのは憐憫だろうか、同情だろうか。揺れる二組の瞳に私は笑みを返す。

「そんな私を救ってくれたのはね、他でもない彼だった。私は悪くないって、大切な人間を守って死んで恨む人なんていないって頬を打ってくれた。…目が覚めた思いだったよ。今の私が、君達を守ることが出来た今があるのは、ディアボロの、お兄ちゃんのお蔭。だからね、私は恩返しがしたい。大切な家族を友人を作れたのも守れたのも彼のお蔭だから。その為に何があったって後悔なんて、しないよ」

承太郎がくしゃりと髪を握る。大きな手から覗く瞳は、苦悩に揺れて見てるこちらが苦しくなる。けれどそう言う資格は私にはない。だからこそ私は、出来る限りの笑みを浮かべた。

「本当に、考え直す気はないのか」
「ごめんね承太郎…もう決めたんだ。彼も私の家族の一人だから」




君の優しさを踏みにじっても
守ると決めているんだ

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