神隠しの少女 | ナノ






わいわいと楽しい食事の時間も過ぎ、机の上にはお酒とつまみが乗る。皆酔いが回り始めているのか饒舌になっていた。

「で、そう言えば承太郎はいい相手見つけたのかい?ん?」
「花京院…お前飲み過ぎだぜ」
「えーママも聞きたいー」
「パパもー」
「ったく…ま、いい機会だしな。結婚を考えてる相手が居る」

承太郎の言葉に一瞬皆固まった。そして次の瞬間矢継ぎ早に言葉が飛び交う。

「え、君恋人いたのか!裏切者!」
「誰が裏切り者だ」
「美人?美人?」
「ああ」
「なんで連れてこなかったの!ママ会いたかったわ!」
「まだ考えてるって段階で相手にも言ってねえのに連れてこれるか」
「承太郎にそんな相手がなあ…大きくなったんだなあ…」
「やだ貞夫さん泣かないで!」

あーだこーだと騒ぎが一段落して、皆惚けた顔になる。

「そうか、承太郎が結婚かあ…。おめでとう」
「おめでとう。結婚式には勿論呼んでくれるんだろうな」
「まだ決まった訳じゃねえって言ってんだろ。第一断られる可能性だってある」
「承太郎を振る子なんて居ないわよ!こんないい子なんですもの!」
「うんうん。承太郎なら大丈夫だよ」

照れ隠しなのかふん、と鼻を鳴らして杯を傾ける承太郎を皆生暖かい視線で見つめる。

「それにしても承太郎に彼女が居たとはねえ。ちょこちょこ会ってたのに君全然そんな話しなかったじゃないか」
「聞かれなかったからな」
「聞かなくても友達には言ってもいいだろう」
「今言ったんだからいいじゃねえか」
「そう言う問題じゃないだろう全く」
「挨拶は何時行ったらいいかしらあ」
「…まあもろもろ決まったらまた伝える」
「そう?楽しみねえ貞夫さん」
「ああ。余興ではパパ演奏しちゃうぞお」
「あらいいわねえ!じゃああたし歌っちゃう!」

またわいわいと盛り上がってきた空気に承太郎が一つ舌打ちをする。

「風当たってくる」
「あ、なら付いてくー」
「ボクも行こうかなあ」
「付いてくるな」
「いいじゃないか」
「そうそう」

嫌がる承太郎の背を押して三人で居間を出る。後ろではまだ二人が盛り上がって居る声が聞こえていた。

「こうなるからまだ黙っときたかったんだがな」
「まあまあ、皆承太郎が幸せになるのが嬉しいんだよ。もちろん私たちもね」
「そうそう。本当におめでとう承太郎」
「…ああ、ありがとう」

ふっと緩んだ承太郎に私と典明君も目を合わせて微笑みあう。

「それにしても本当に…時間が経つのは早いものだなあ。女の子達に怒鳴ってた承太郎が結婚だなんて。そういえばお相手も学生なのかい?」
「ああ」
「そうか…。学生結婚となるとやっぱり向こうでも珍しいのかな」
「こっちに比べりゃそこまででもねえと思うがな」
「そっか。でもホリィさん達もそこには突っ込まないんだね」
「お袋たちも早い方だったらしいからな」
「なるほど」
「まあ何かあっても支援するのに無理はないからねえ。そこもあるんじゃない?」
「うーん…確かに」
「出来るだけ自分たちでどうにかしようとは思ってるがな」
「いい心がけだね」

けらけらと笑っていると承太郎は一本煙草を取り出して火をつける。ふわふわと漂う煙を三人目で追った。

「そういやお前もそろそろ進路の話も出てくる頃だろ」
「ああ、中三の夏って案外忙しかった覚えあるなあ。でも茉莉香の成績なら問題ないだろう?」
「なんでお前がそんなこと知ってんだ」
「ほら、仲良しだから」

ねーと二人で声を合わせると承太郎の眉を寄せる。

「で、どうすんだ」
「…うーん、そうだねえ」

二人の視線から逃れるようにまた煙の方を見る。漂っては消えていく、おぼろげなそれは今の私の心と少し似ていた。…いや、本心ではどうしたいかは決まっているのだから…勇気に似ていると言った方が正しいだろう。言葉にする勇気が浮かんでは消えていく。

「…まあ、承太郎も覚悟を決めて結婚するって言ったわけだし。私も勇気を出さないとかなあ」
「反対でもされそうなの?」
「うん。特に承太郎と…典明君たちも嫌がりそうかなあ」

きょとんと目を丸くする二人を笑って見上げる。震える拳をそっと握りこんで。

「私ね、高校から…イタリアに戻ろうと思ってるんだ」

私の言葉に二人が固まる。風が吹いていつの間にか長くなっていた灰がぽとりと落ちて、粉々になった。

「どういう、ことだ」

遠くから聞こえる楽しげな両親の声とは裏腹に、硬い声でそう尋ねる承太郎に私は笑って、目を伏せた。

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