神隠しの少女 | ナノ






キリのいい所で料理が運ばれてくる。サラダを取り分けたり、本当に美味しかったパスタの感想を言ったり。そう言ったことが終わると、また話題に詰まる。
無言の時間が少し出来るが、マリカさんの方は意に介した様子はない。沈黙もまた楽しめる。そんな大人の余裕という奴なのだろうか。
普段だったら自分だってそう出来る、という不満が少し心に滲む。自慢じゃあないがモテる方だし、経験がないわけじゃない。相手を楽しませる話術だって持っているはずだ。…思考が空回りしてるのが分かる。酒に弱い方じゃあないが、もう酔いが回っているのだろうか。

「ねえジョルノ」
「なんですか?」
「ジョルノの話が聞きたいな」
「ボクの話、ですか」
「うん。ボスじゃないジョルノの話。どうせなんだから仕事から離れようよ」
「ボスじゃないというと…昔の話、とか」
「うん。それも聞きたいし、普段学校に通っている時の話とか。学校は楽しいのかな」

組んだ手に顎を乗せてマリカさんがにこっと笑う。その優しげな表情にチクリと心が痛んだ。向けられたそれは、子供に向ける類の物だ。

「そう、ですね。それなりに楽しいですよ」
「そう。こっちの事で勉強が遅れてたりは?」
「そんな情けない事しませんよ。それにフーゴもたまに見てくれますし」
「ああ。彼ならいい家庭教師になりそうだね」
「少々スパルタですが」

その言葉にマリカさんが少し吹き出す。それが嬉しくてついつい口が回り出した。クラスメイトの馬鹿な行動や悪戯。冷静に考えれば彼女にとっては知らない子供の話で、興味なんてないだろうに。それでも一つ一つ楽しげに頷いてくれる。…まるで母親と子供だな、と思ってしまう。
自分だって、それなりの修羅場をくぐってきて。同年代の人間たちよりよっぽど色々な事を見聞きしてきた。けれど彼女はきっとボク以上に様々なことを経験していて。それでなくても動かしようのない年の差が拍車をかけて。悔しいなあ、と思ってしまう。
何時になったら彼女の隣に相応しくなれるのだろう。彼女に一人の男として認識して貰えるのだろう。

いつの間にかお皿もワインも空になっていた。よく喋ったせいかボクも頬が少し熱くなっている。マリカさんも少し頬が赤くなっていた。タイミングを読んだかのようにエスプレッソが運ばれてくる。

「もうこんな時間かあ」
「明日のご予定は?」
「知っての通りお仕事だねえ」
「ボクもです」

下らない会話。お互いに少し酔いが回っているのが分かる。カップを包むようにする両手をぼんやりと眺めた。

「マリカさんの手、小さいですね」
「ん?ああ、そうかなあ。あんまり気にしたことはないけど」

徐に手を差し出される。

「手、比べてみよう」

その言葉に誘われるままに手を重ねる。ボクの手よりも一回り以上小さな手。このまま指を絡めたらどんな顔をするだろうか。ふわふわとする頭が、いつもより積極的に体を動かす。指先を動かそうとした。

「大きく、なったんだねえ」

ぴくりと指先が跳ねて止まる。彼女は気付かないのか、愛おしげに目を細めるばかりだ。ボクがしようとしていたように、するりと指が絡まって、彼女がキュッと握る。

「ずっと、心配だったんだ。君だけは引き取れなくて、どうしているかも分からなくて。でもそんな必要なかったね。ジョルノはこんな大きく立派に育ってくれた」

やはり酔っているのか、いつも以上にゆったりとした口調で。触れる彼女の指先の温かさとは逆に脳髄が、冷えていくのが分かった。


店を出て二人並んで歩く。先程の件もあってボクの酔いは綺麗さっぱり冷めてしまった。マリカさんはまだ酔っているのか外に出ても頬がピンクに染まったままだ。ジッと見つめているのが分かったのか、こちらを見上げて小首をかしげる。

「どうかした?」
「…いや、その。こうして二人で食事に行くって言うのは久しぶりだな、と」
「ああ。初めの頃は教えることが沢山あって食事の時間でも仕事の話ばっかりしてたよねえ。こうしてただ食事に行くのってそう言えば初めてかもね」
「そうですね」
「ふふっ、そう考えるとなんだか不思議な感じがするね」
「え?」
「いや、正直な所ね。私はディアボロが引退した時点で一緒に身を引くつもりだったんだ。私がパッショーネに居たのは彼の為だったし…。リゾットたちの事は君に任せても大丈夫だと思ったし。君達とも色々あったから。伝える事だけ伝えたら後はもう、って思ってたんだけど。君も皆も優しいからそれに甘えて…こうして一緒にただ食事をできるなんて思ってなかったなあ」

嬉しいね、と笑いかけてくるマリカさんにボクも何とか頷き返す。嬉しい、と言ってくれることに対しての喜びだとか、他の人の為にこの人が身を粉にしていたのだという事実への苛立ちだとか。…いつか本当にスッと居なくなってしまうんじゃないかなんていう不安だとか。多種多様な感情が一度に生まれて、ぐるぐると胸の中を周り始める。
その中で一番強かったのは不安、だったらしい。この人が居なくなってしまうんじゃないか、そう考えた瞬間地面がぐらりと波打つようで。思わず揺れる手を掴みとる。ボクの手よりも小さな柔らかい感触。それをギュッと握りしめれば、彼女は目を瞬かせてクスリと笑った。

「折角だからこのまま手、繋いでいこうか」
「…はい」

何故もどうしても言わずにそっと握り返してくる。人の機微に敏い彼女のことだから、きっとボクの不安をなんとはなしに感じ取ったのだろう。だから彼女にとってこれは、迷子になった幼子の手を取るのと同じなのだ。恋愛感情何てこれっぽっちも含まれていない。異性としての意識すらない。
それでも手を取ってくれるならいい、なんて思えるほどボクは謙虚じゃなくて。それでもどう伝えたらいいのか、分からなくて。

「マリカさん」
「なーにー」
「好きです」
「あははっ私もジョルノの事大好きだよー」

きっと彼女はただの酔っ払いの戯言だと、下心のない好意だと思ってる。そう言う意味じゃないと伝えたら、何かが変わるかもしれない。でもこうして向けられる好意を、優しさを捨てる勇気もなくて。

「好きです、大好きです」
「うん、知ってるよー。私もジョルノ大好きだからねー」

結局ボクは楽しげに笑う彼女の、残酷で甘美な言葉に縋るしかないのだ。




ボクは嘘をついている
気付いて欲しいし気付いて欲しくない

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