神隠しの少女 | ナノ






ある程度実験も進んだらしく日が沈みきった頃ようやく解放された。凝ってしまった肩を解す様に何度か首を回す。

「お疲れ様でした」
「はい。…私DIOを起こしてから戻るので。皆にそう伝えておいてください」

気を使ってくれるお兄さんには悪いが、今日の愛想笑いは売り切れ寸前だ。先程のジョセフおじいちゃんの剣幕を思い出したのか、顔色が悪くなったお兄さんを置いて足早に廊下を進む。すれ違う財団関係者にやる気のない挨拶をしながら、ようやくたどり着いた扉を手荒く開ける。

「…随分と乱暴だな」
「ん」

ベッドの中から聞こえてくる苦情をあしらいつつ、置いてあるコーヒーメーカーに手を伸ばす。粉をセットしてスイッチを入れると、少ししてコーヒーの香りが漂ってきた。ぽたぽたと落ちていく滴を見ながらぼんやりしていると、後ろから抱きすくめられる。

「なんだ、機嫌が悪いのか?」
「んー…少し、ね」

いつの間にか詰めていた息を吐き出して後ろにある大きな体に体重を預ける。…以前までなら鳩尾位だった頭の位置が胸の辺りになっていた。後ろ頭をぐりぐりと擦り付けていると顎を掴まれる。持ち上げる力に逆らわずに従うと、額で可愛らしいリップ音がした。眼球を上に動かすと不敵に笑っている顔が見える。ちょいちょい、と指を動かすと更に屈んで近づいた彼の頬に同じように可愛らしいキスを送る。…この体勢だと首が痛い。

「おはよう」
「ああ、おはよう」

満足したのか離れて行く姿を見送ってから視線を戻す。二人分の少ないコーヒーは既にもう落ち切っていた。マグカップを取り出しコーヒーを注ぐ。冷蔵庫に有ったミルクを片方にだけぶち込んで手に取る。

「はい」
「ああ」

ソファーにどっかりと座りこんだ彼に片方を渡して隣に座る。私たち以外居ない部屋は静かで、カップの音だけが響いた。

「何か悩み事か?」
「悩み事、というか、ね」

まじまじと自分の手を眺める。…実験はある結果をもたらした。私はやはりと言うべきか、僅かながらも人間の道理から外れてしまったらしい。
ある程度の紫外線に当たるのは問題はなかった。しかし強いものを長時間浴びると赤くなり、水膨れが生じたのだ。日本で言えば夏の昼最中肌を出して歩けば全身火傷を負うのではないか、というのが彼らの見解だった。それさえ無視して浴び続ければどうなるか保証は出来ない。
今後は日焼け止めや被服の状態によってどう変わっていくのかを見ていくこととなる。元々夏が苦手だと言うのに着こまなければならないのかと思うと今からゲッソリとする思いだ。
…日光に付いての調査はこれを機に進むだろう。傷などに対する回復力もある程度実験することは出来る。しかしこれから先私の体がどういう時の流れを刻むのかは、分からない。
日の光が苦手で治癒力の高いだけの人間としての時を刻むのか。それすらも道理を外れたのか。

「…うむ、分からん」
「何だ急に」
「いや、どうも少し紫外線に弱くなってるみたいでね。他にはどんな影響があるのかなあって」
「…そうか」
「うん」

正直、今のこの不透明な状況が怖くない訳じゃあない。答えを探る手立ては無く、ただ時間が経たなければ何もわからない。それに…もう既に傷一つない状態に戻った手を見て彼らは何を思うだろうか。
どうも彼ら、特に承太郎は私のこの現状にかなり負い目を感じている節がある。まあ話によると彼がDIOに私を助けるように言ったらしいし、自分のせいでと思っているのだろう。とはいっても旅の途中から薄々体の変化には気づいていた。私自身としてはそれがちょっと進んだ位、と気楽に考えていたりもする。
…というか正直な所やっと大きな荷物を一つ降ろせたような気分なので、うじうじと面倒くさいことを考えたくない、というのが本音なのだ。分からないものは分からないし、怖いものは怖い。でもこの旅が上手く行ったんだから大概の事はなんとかなるさ。そんな楽観的な立ち位置で居させてほしい。
けれど、時たま心配そうな目で見られることだったり、探るような財団関係者たちの視線のせいでそうとばかり言ってられない訳で。…ああ、めんどくさいなあ。

「…どっか二人で逃避行でもしようか」
「頭のねじが取れたか?」
「それは元々取れてるから問題ない」
「そうだったな」

くつくつと笑うDIOを見上げる。視線に気づいたDIOが私を見下ろす。その瞳は今までと同じものでなんの変化も見られない。それにやっと少しささくれ立っていた心が落ち着いたのが分かった。自分で思っていた以上に、実験で疲れていたらしい。

「ねえDIO」
「なんだ」
「君が居てくれて良かった」
「…本当にどこか悪くしたか?」
「酷いなあ、素直に受け取っといてよ」

訝しげにこちらを窺うDIOにケラケラと笑いながらコーヒーを飲む。これを飲み終わったら、何時もの様に笑って彼らに会うから。今だけは少しばかりここに留まって居たかった。



止まり木に身を休める
呼吸が少し、楽になる

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