神隠しの少女 | ナノ






「と、まあそんな感じでさ」
「そんな感じってお前は…それでいいのか」

目の前で頭を抱える兄ににこりと笑いかける。

「いいんだよ」

きっぱりとそう言い切れば苦々しいため息をつかれてしまった。

「…承太郎と花京院だったか?その二人はともかくお前の両親はなんて言ってるんだ」
「ああ、それねえ」

ディアボロの言葉にあの夜の事を思い返す。


承太郎と典明君は黙り込んで、私も何も言えることはなくて。黙り込んでいた私たちの重苦しい空気を破ったのはやはりというか、ホリィママだった。

「もー!三人ともなにしてるの!って…あら?何かあったの?」

目を瞬かせながら不思議そうな顔をするホリィママに三人顔を見合わせる。

「…黙ってても仕方ねえだろ」
「そう、だね。ホリィママ、ちょっと話いいかな。…進路についてなんだけど」
「…ええ」

硬い表情をしている私たちにホリィママの顔が曇る。…承太郎の事であんなに喜んでいた二人に水を差すのは心苦しいが…ここで逃げるわけにもいかないだろう。
何とも言えない顔で戻ってきた私たちに貞夫パパも不思議そうな顔をする。並んで座った二人の前に正座をして姿勢を正した。
一度大きく息を吸って、ゆっくりと話し始める。ディアボロの存在、彼のして居る事。…そして、イタリアに渡ってその手伝いをしたいという事。出来る限りショックを与えない様に言葉を選んだつもりだが、やはり少しずつ酔いが醒めて青白くなっていく顔色に居たたまれなさを覚える。

「駄目よ!そんな、危ない…そんな所にあなたを行かせる訳にはいかないわ」
「ホリィママ…」
「あなたが行かなくたって、その人の支えになることは出来るでしょう?茉莉香がお兄ちゃんだと思っている人になら、私たちだって、パパだって…皆手助けを惜しんだりしないし…。DIOくんだってほら、今みたいな形で上手く行ってるんでしょう?だから、あなたがそんな」
「ホリィ、落ち着きなさい」
「貞夫さん!だって、貞夫さんだって…」
「もちろんボクだって反対だよ。…でもね、ボクは茉莉香の気持ちも分かるんだ」

貞夫パパの言葉にホリィママの顔から更に血の気が引いた。今にも倒れそうな背を貞夫パパの手が支える。

「…三年前。君が倒れて、承太郎たちが辛い旅をしている間僕は何も知らずのうのうと仕事をしていた。勿論それはお義父さんや君達がスタンドと言う能力を持たない僕を守る為だったと分かってはいるよ。でも帰ってきて事の顛末を聞いた時僕は自分を恨んだ。愛する家族を守れず何も知らずに平和で居た自分が、憎くて堪らなかった」
「貞夫さん、でもそれは…」
「うん。仕方のない事だというのは分かっているよ。実際僕が居ても足手まといでしかなかったろう。でもね、窮地に立って危険な目に遭っている家族を助けることが出来なかったというのは、本当に辛いんだ。承太郎たちも君も、誰一人欠けることなく生きていてくれているから、今でこそこうして当時の心境を語れるけどね。…茉莉香ちゃんには、そのディアボロ君と言う人を守れるだけの力がある。もしもそれで、その彼が命を落とすようなことがあったら。力がないからと諦める為の言い訳もできない。…その時に自分が居ればと悔やむのはきっと、想像を絶する苦しみだよ」

貞夫パパの言葉にホリィママも口を噤む。私も何と言えばいいか、分からなかった。きっと後ろに立つ承太郎も同じだろう。
…あの旅が終わって少しした頃、帰国した貞夫パパにそれまでの顛末を話した。もう終わったことで心配をかけるのも、と思ったが家族に隠し事をしたくないという結論に達したのだ。
話を聞いた貞夫パパは、生きていて良かったと言った。そしてすまないと言って、深々と頭を下げ、私と承太郎にお母さんを守ってくれてありがとう、と笑った。
それ以降貞夫パパはその件について何も口にしなかった。ジョセフおじいちゃんはそんな貞夫パパを薄情だと憤ったが、私たちが話している間ずっと堪えるように拳を握りしめていたことを私と承太郎は気付いていた。だからこそ私たちもそれ以上は何も口にせず、いつも通りに接していた。
しかし、この人の中にそんな葛藤が、苦悩があったとは気付かなかった。大人だからかそれともこの中の誰よりも優しい心を持った貞夫パパだから気付かなかったのか。
更に重たくなった空気を壊す様に一度手を叩くと貞夫パパがニコリと笑った。

「だからね、僕は茉莉香ちゃんを止めることは出来ない。勿論さっき言った通り反対ではあるけど…その結果で君を壊してしまいたくないから」
「貞夫さん…」
「でもまだ少しとはいえ時間はある。ホリィの言うとおり他の道もあるかもしれないんだ、それを探す努力をしてもいいだろう?」
「…うん」
「でもまあ…君の中では決まってしまっているのだろうけど、ね」

苦笑しながら投げられたウィンクに私もぎこちないながら笑みを返す。柔らかく刻まれた目元の皺に胸がきゅうっと痛くなる。この人はどれだけの痛みを今まで一人で抱えていたのだろう。それをこうして微笑みながら話せるようになるまで、どれだけ辛かっただろうか。

「…分かってるのよ。茉莉香は一度決めたら頑固だから。きっと自分で決めたことはやり遂げようとするって」
「ホリィママ…」
「だって、眼がね、一緒なの。あの時承太郎の所へ行くって言った時と。…どれだけ辛くても、行く気なんでしょう」
「うん」
「…子供がそんな仕事に就くのを喜ぶ親なんて居ないの」
「うん」
「学校はちゃんと通いなさい。出来れば大学まで出て…その間に他のやり方が見つかるかもしれないし」
「うん」
「本当は、ずっと一緒に居れると思ってたのよ。茉莉香は女の子だし、この家は広いし。承太郎はアメリカに行っちゃったから茉莉香はここに居て…いつか結婚して、私、いいおばあちゃんになるって…」
「ホリィママ…」
「ホリィ。…ボクだってずっと家に居ない。でもボクは君の夫でこの子たちの父親で。君は私の愛しい妻で、この子達は可愛い子共達だ。距離は関係ないよ。ボク等の心はちゃんと繋がってる。そうだろう?」
「そう、ね。そうよね」

何度も頷くホリィママを支えながら貞夫パパが困ったように笑った。

「ボク等はもう少し話してるから。花京院君、家族の話に巻き込んですまなかったね。二人とも送ってあげなさい」
「ああ」
「うん」
「お邪魔…しました」

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