神隠しの少女 | ナノ






若者数人で集まってわいのわいのとばば抜きに興じていた穏やかな昼下がり。DIOとの決着がついて数日。私たちは財団の所有する大きな館に一纏めにされていた。宿代が要らない上に、私たちの怪我の治療や検査の為に医師や機材等まで運び込まれるという何とも豪気な話である。

「茉莉香を実験台になどさせるはずがなかろう!」
「ですからジョースターさん。それは言葉の綾でして…」

勢いよく開け放たれた扉の方からジョセフおじいちゃんの怒声が飛び込んできた。私の名前が出ていることに疑問を覚えつつ、手元に視線を落とす。承太郎から引いてきたカードで最後の一組も揃ったことだし、とカードを置いて腰を上げる。

「あーあ。また茉莉香が一位かよお」
「ラバーソールも後一組じゃない。頑張ってねー」

呆気にとられていた承太郎も私とラバーソールの言葉に苦い顔になる。承太郎の手元にはまだ数枚のカードが残っていた。机の上に山積みにされていたお菓子からチョコを一つ取り出して包みを開いて口の中に頬りこむ。

「なんか私絡みであったみたいだしちょっと抜けるねー」
「分かった」

心配そうな顔をする仲間たちに小さく手を振ってジョセフおじいちゃんに近づく。

「私に何か御用ですかー」
「茉莉香!いいから向こうに行ってなさい!」
「いやいや、私に関係する事なんでしょう?話くらいは聞かなくちゃ」

私の登場に財団の人は明らかにホッとしたような顔をした。どうやら随分と手こずっていたらしい。

「実験、と聞こえましたけど」
「ああいえ…それは何と言いますか。あのですね、茉莉香さんはDIOの吸血鬼エキスによって首の怪我を治されたわけですよね」
「ああ、そうらしいですねえ。私意識無かったので伝聞ですが」
「そうでしたね。…ええと、吸血鬼エキスを摂取したにもかかわらず茉莉香さんに目立った吸血鬼化は見られませんよね?しかし目に見えない体内の数値や、紫外線に対する反応など気になる所は多々ありまして。場合によっては今後の医療の発展に繋がるかもしれませんし…」

ジョセフおじいちゃんに見下ろされ、しどろもどろになりながら一生懸命説明をするお兄さんに少々憐憫の情が湧いてくる。説明の内容はまあ、検査とも実験とも言えない感じだろうか。血液検査なんかはこれと言って危険もないだろうが、紫外線に関してはどうとも言えない。この館は不慮の事故を避けるために全ての窓が封鎖されていて、あの一件以降私は一度も日光に当たっていないのだ。…DIOの為だとばかり思っていたけれど、もしかしたら私への配慮も含まれていたのかもしれない。
それに目立った吸血鬼化はない、と言っているが…。ちらりと丈の短くなったズボンを見下ろす。あの一件の後気付いたのだが、どうも身長が伸びてきているようだ。成長期だからというには少々厳しい速度なのは自分が一番よく分かっている。私の記憶が正しければ本当に吸血鬼化していればもっと大人…二十歳前後の姿まで成長しても良い筈だし、血が飲みたいという思いもないので完璧に吸血鬼となった訳ではないのだろうけれど。多少なりとも影響を受けているのは多分、全員気付いているのだ。だからこそジョセフおじいちゃんも過剰なほどに心配しているのだろう。

「まあ、いいですよ」
「茉莉香!?」

弾かれた様にこちらを見下ろすジョセフおじいちゃんにへらりと笑いを向ける。

「いやだってさあ、何時までもここに居られるわけじゃないんだし。日常生活を送れるかどうかって結構大事な事じゃない。…駄目なら駄目でそれにあった対策をしなきゃいけないんだよ」

私の言葉にジョセフおじいちゃんの顔が歪んだ。心配してくれているのだろう。でも私の言うとおりこのままで居られるわけじゃないというのも至極当然のことで。

「まあいざとなったらジョセフおじいちゃんとお揃いの義手ってのも素敵よねん」
「茉莉香!」

叱りつけるジョセフおじいちゃんに一度肩を竦めてお兄さんの背中を押す。後ろでまだ何か言っているのを聞きながら、急いで廊下に出た。

「ふう。すいません、基本皆過保護なもので」
「いえ。…茉莉香さんこそ本当にいいんですか?こちらも…最悪の事態を想定していない訳ではありませんし」
「…まあ、その時はその時ですよ。何もせずに外に出た途端灰になっちゃったーじゃそっちの方が笑えないでしょう」

返す言葉が見つからなかったのか、黙ってしまったお兄さんと廊下を進む。初めに血液を採取するらしい。医師が待っている部屋に行くと、控えめながらも興味深そうな視線を送られた。…正直なところ気分は良くないが、彼らの立場からしてみれば仕方のない事だと割り切る努力をする。

「何かご自身で気になる点などございますか」
「ええと、成長期かもしれませんが身長が伸びたことと…ああ、そういえば傷の治りが早くなった気はしますね」
「…なるほど」

ふむふむと頷きながらも、感じる視線が強まった。解剖してみたい、とか思われてたら嫌だなあ。居心地の悪さを感じながら幾つかの質問に答え部屋を出る。一度伸びをしてまたお兄さんの隣に並んだ。

「では、次は紫外線の検査となりますが…本当にいいんですか?」
「いいですよー」

軽いとも言える答えにお兄さんが一度戸惑ったように視線を巡らせて、大きな扉を開く。ガランとした空間にいくらかの機材と白衣を着た人々が居た。

「茉莉香さんが来てくださいました」

振り返った一団から若い人が飛び出してきて、手を取られる。初めて会った人にいきなり手を握られるというのは…なんというか、いい気持ちがしないものだ。足取りが重くなったのを緊張からと誤解したのか、白衣のお兄さんは懸命に心配ないだのなんだの言ってくる。そう言うことではないのだが、適当に笑って誤魔化しておいた。

「…ではまず手だけに紫外線を当ててみますね。初めは微弱なものですので…何か違和感があったら言ってください」
「はい」

パイプ椅子に座って手を差し出しながら、今日の夕飯は何だろうかなんてぼんやりと考えていた。

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