神隠しと父親と愛娘と
レース越しの柔らかな日差しが差し込み始める。まだ薄暗い寝室の中、隣で安らかな寝息を立てる茉莉香の横顔を承太郎は優しげな眼差しで見つめていた。茉莉香が僅かに身動ぎをすると顔に掛かっていた髪が口元に滑り落ちる。それを指で除けてやると、その感触で目が覚めたのか茉莉香はむずがる様な声を挙げながら目を薄っすらと開けた。
「じょ、たろ…?」
「起こしたか、悪いな」
「ん、いーよ」
寝起き特有の間延びした口調でそう言うと、茉莉香は緩く微笑んだ。そのまま一度承太郎の胸に顔を押し付けて何度か小さく頭を動かす。
「おはよう、承太郎」
「ああ、おはよう」
首を伸ばした茉莉香に合わせて顔を向ければ少しかさついた唇が頬に触れた。ついで承太郎も茉莉香の頬に口付ける。幸せそうに目を細めて笑う茉莉香についつい興に乗って頬に額に何度も触れれば押し殺した笑いが聞こえた。見せかけの抵抗を示す指先が承太郎の頬を緩く摘まむ。その手を取って指先に口づければ、今度こそころころと鈴が転がる様に茉莉香が笑った。
顎に指をかけ、弧を描く唇に口付けようとした瞬間、扉が勢いよく開かれた。
「ダディ!茉莉香!おはよう!」
元気のいい声と共に軽い足音が近づき、ばふっとベッドが揺れる。ぼすぼすと布団を凹ませながら近づいてきた徐倫が二人の腹部まで来て、ボスンと抱き着く。
「おはよう徐倫」
「朝から元気だな」
「それはそうよ!だって今日は私の誕生日だもの!」
パッと顔を上げ満面の笑みを浮かべる徐倫の頬に茉莉香がキスをする。
「そうだね。お誕生日おめでとう徐倫」
「ありがとう茉莉香!」
お返しとばかりに首元に抱き着いてキスを送る徐倫に場所を奪われた形になった承太郎は、後ろ頭を数度掻き徐倫の頭に大きな手を乗せた。
「おめでとう徐倫。で、俺には挨拶のキスは無いのか?」
「はいはい!ダディにもちゃんとしてあげるわ!」
この年頃の少女らしく、口調だけはませながらも嬉しさは隠しきれない表情を徐倫は浮かべる。頬に触れる小さな感触に承太郎は胸の内が少し暖かくなるような幸せを感じた。
「ねえねえ!今日はパーティーなんでしょう?」
「そうだよ。徐倫の9歳の誕生日だもの、そりゃあ盛大にやらなくっちゃ」
「ふふっ!誰が来てくれるのかしら?」
「ホリィママやジョセフおじいちゃんにスージーQおばあちゃん。それに典明君たちやDIO達も来てくれるよ」
「そう。…ねえ、仗助は来ないのかしら」
「もちろん!可愛いお姫様の誕生日だもの!来るに決まってるじゃない」
少しばかり目線を泳がせた徐倫が茉莉香の言葉にパっと頬を赤くする。その頬を一撫でして茉莉香は額に口付けた。
「さ、お客様に恥ずかしくない様にお洒落をしなくちゃね。まずはちゃんと顔を洗わなきゃ」
「分かってる!茉莉香とダディも早く来てね!」
「はいはい」
来たときと同じように軽快な足取りで寝室を出ていく徐倫を二人並んで見送る。よっこらせ、なんて年寄くさいセリフを言いながらベッドから降りようとした茉莉香の裾を承太郎の大きな手が掴んだ。
「今のなんだ」
「んー?何の事かなあ?」
聞きたいことは分かっているだろうに悪戯な笑みを浮かべる茉莉香を強く引く。ベッドに逆戻りした茉莉香にグッと肉薄して無言で問えばくすくすと笑う。
「徐倫はねえ仗助にお熱なのさ」
何がおかしいのかくふくふと笑う茉莉香とは対照的に承太郎の眉間に深い皺が刻まれる。
「あいつはまだ九つだぞ」
「初恋なんて皆大概その頃じゃない。むしろ少し遅い位かもねえ」
「だが…仗助とは年も離れてるし…」
「もう、なにをもそんな難しく考えなくたっていいじゃない。それにもし将来そうなったって仗助なら徐倫を幸せにしてくれるでしょう?」
「それはそうだが…」
「はいはい、怖い顔してないで承太郎も顔洗ってきて?ご飯にしよう?」
「…分かった」
不承不承頷いて体を退かすと、起き上がった茉莉香が可愛らしい音を立てて承太郎の唇にキスを落とす。ニッと笑って部屋を出て行く後姿を見送りながら、少し熱を持った頬を手で覆った。
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