神隠しの少女 | ナノ






見慣れない天井に、一度瞬きをしてみる。時計の針が動く音と呼吸音が、私以外にもう一つ。握られている手の感触に、首を動かすと俯く見慣れた綺麗な金色があった。

「DIO…」

掠れた様な小さい声だったが、DIOにはちゃんと届いたのだろう。ハッと顔を上げたDIOが顔を歪め、私を抱きしめた。勢いが良すぎたために、彼の座っていた椅子が倒れるのが視界の端に見えた。案の定大きな音を立てたが、彼はそれを気にした様子もない。

「茉莉香…茉莉香…」
「DIO…」

大きな背中に手を回す。震えた吐息が首筋に掛かってくすぐったい。何から言うべきだろうか。考えあぐねていると、勢いよく扉が開いた。それと同時にDIOが私を離す。扉の方に目を向けようとして、衝撃。抵抗するまもなく私はまたベッドに倒れこんだ。DIOに頬を張られたのだと気付いたのは、飛び込んできた承太郎がDIOの胸倉を掴んでからだ。

「てめえ…!」

今にも殴りかかりそうな承太郎にDIOは目もくれず、私だけを見つめている。ホリィママに抱き起されながら、私は思わず苦笑してしまった。全く目は口ほどに物を言うと言うが、なんと雄弁な事だろうか。揺れるDIOの瞳に怒りやら安堵やら色々なものが見えるのは気のせいではあるまい。

「承太郎、やめて」

私の声に弾かれた様に承太郎が振り向き、手を離す。私はDIOの目を見つめ返しながら少し考えて。

「ごめんね、DIO。心配かけてごめん。ごめんね」

謝る私にDIOが俯く。DIO、と声を掛ければ大きな肩がピクリと揺れた。その姿がまるで親に怒られている小さな子供の様で、立場が違うなあ、なんて思ってしまう。

「君が無事で、本当に良かった。DIO、おいで」

手を広げても動かない彼に強情だな、なんて呟きながらもう一度呼ぶ。

「おいで」

ふらりと倒れこむように抱き着いてくるDIOに少しキツイ体勢になりつつもしっかり抱き返す。肩に埋められた頭を撫でてやれば、相変わらず手触りのいい髪が指に触れた。

「この…馬鹿が…」
「うん」
「このDIOをここまで心配させるとはどういう了見だ…」
「うん、ごめんね」
「大体強情なのは、貴様だろう」
「うんうん。そうだねー。…一人にしないって言ったのに、約束破ろうとしてごめんね」
「…大馬鹿者め」
「うん、ごめん」

微かに震えるDIOの頭に、僅かに見える耳に優しく唇を落とす。ああ、そういえば私が幼くて自分でも上手く疳の虫を抑えられずに泣いていると、ディアボロが困ったように同じことをしていたな、なんて思い出す。彼にも無事に終わったと伝えに行かなくてはなあ。
そんな事を考えていると、おほんおほんなんて咳ばらいが聞こえた。

「…あー、なあ俺らの事忘れてねえか?」

首を回せないので後ろに折ると逆さまのポルナレフが目を逸らしつつ苦笑していた。ついでに他の面々も見えて乾いた笑いが出てしまう。
…やべえ、凄い恥ずかしいところ見られた。
なんていうかこう、あれだ。サラリーマンが奥さんとか子供に対して甘ったるい赤ちゃん言葉とか電話してるのを同僚に見られたらこんな気分になると思う。やっちまったー!みたいな、見られちゃいけないとこ見られたー!みたいな。うんまあ、有りたい体に言うと顔から火が出るほど恥ずかしい。
私も一度DIOの肩に顔を埋めて深呼吸を一つ。うん、大丈夫だ。平然とした顔をしていろ自分。なんかもうDIOの館に特攻した時よりよっぽど覚悟が要ったが、なんとか顔を上げる。それでもDIOが全然動かないので、とりあえず体をずらして枕元を叩いた。もそもそと動いた彼の膝の間に入って手を腹の前に回してやる。ギュッと握られて内臓が悲鳴を上げた気がするけど…まあ気にすまい。

「えーっと、恥ずかしい所をお見せしまして」
「それは恥ずかしくねえのかよ!」

ぺこりと頭を下げればポルナレフの鋭いツッコミが入る。恥ずかしいよ?恥ずかしいけどね?

「ここで無理やり引きはがすと後が大変なんだよ!」

悲痛な私の叫びに、皆の顔が一様に引き攣ったのは見なかったことにしたい。だって本当無理に離れでもしたら、きっと暫く私に自由は無い。それこそトイレだろうが風呂だろうが刷り込みが行われた小鳥の様に後をついてきても驚きゃしないぞ私は。

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