神隠しの少女 | ナノ






「承太郎!一体何が有ったんじゃ!」
「…ああ、じじいか。元気そうで何よりだぜ」
「ワシの事などどうでもいい!茉莉香は…あの子に何が有ったんじゃ!」
「…なに、が」

俺は、DIOと熾烈な争いをしていた。あと一歩と言うところでDIOに逃げられじじいの血を奪われて。力を取り戻すどころかむしろ力を増したDIOに何とか喰らいついて。最後にあの場で決着を付けようと繰り出した拳はDIOの拳と交わった。
力は拮抗していてどちらが負けても、…"ああなっても"おかしくなかったのだろう。しかし、勝ったのは俺だった。ピシリと何かが弾けるような音と共に、ザ・ワールドに亀裂が入り、それは本体であるDIOにも同じように及んだ。広がる亀裂に息を飲んだのを覚えている。あのままあいつが死んでしまえば、百年以上に及んだ因縁は綺麗さっぱりケリがつく。しかしそれでは、それでは。あんなにもボロボロになって、傷付いて。それでも俺達も、あいつも救おうとした茉莉香がどれだけ悲しむことか。思わず崩れ落ちそうなDIOに手を伸ばしたその時。後ろで、小さな足音と気配がした。
振り向くと同時に脇を駆けていく茉莉香の名を呼ぶ。…そこから先の事はまるでスローモーションの様で、忘れられない。
光が失せかけていたDIOの目に光が戻った。それと同時に彼らの崩壊が止まって、俺は目を見開いた。そして茉莉香はそれに気付いたのか気付かなかったのか。DIOに飛びついた茉莉香の手にはいつの間にメスが握られていた。
街灯に煌めいた鋭い刃先は茉莉香の細い首に、振り下ろされた。真っ赤な、真っ赤な血が花が咲く様に広がって――。
そこまで思い出して、胃液が喉を競り上がる。口を押えて急いで近くにあった便所に駆け込んだ。焼き付く様なのどの痛みと、口の中に広がる苦みに視界が歪む。
…多分お互いに殺すつもりはなかった筈だ。茉莉香の為に。その証拠に仲間は皆程度の差は有れど大きな怪我を負った、がしかし、死んだ奴はいない。俺だって、同じだった。思うところは多くある。しかし、茉莉香と約束を交わしたから。DIOの野郎を連れて戻ると。そう、約束をしたから。あんな風に、するつもりなんてなかったんだ。
また込み上げてきたものを、便器の中に吐き出す。いつの間にかやってきていたじじいが俺の背中を摩っているのが分かった。
どうしたらいい。俺はどう償えばいい。背中に置かれた大きな手に縋り付きたくなる。

「茉莉香は大丈夫じゃ…血は多く失ったが命に別状はないと医者も言っておった。わしだってDIOの奴に血を持ってかれたがこうしてぴんぴんしておる。だから大丈夫、あの子は大丈夫じゃよ…」

優しい口調でそう言うじじいに少し息が軽くなった。それでも胸中に燻る不安は消えてくれない。
俺は、あいつとの茉莉香との約束を、守れなかった。信頼を裏切って、あいつは生死をさまよう様な羽目になった。そんな俺にあいつはどんな顔をするだろうか。
命の心配がなくなった途端自分の保身ばかりが頭を巡る。一周まわってそんな自分に呆れた笑いすら浮かんだ。
憎まれ、蔑まれても仕方がない様な事を仕出かしかけておいて。この期に及んで許して欲しいだなんて。わざとじゃあないんだなんて戯けた言葉ばかりが脳裏を巡って。茉莉香の身を案ずるよりも、あいつに嫌われるんじゃないかなんて懸念ばかりが募る。なんて、醜悪な。

「ホリィにも連絡をした。スージーQとこちらに向かうそうじゃ」
「…そう、か」
「大丈夫、あの子は直ぐに目を覚ますさ」
「ああ」
「承太郎…大丈夫か?」
「大丈夫…?ああ、俺は大丈夫だぜ」

そう、俺は大丈夫だ。怪我だって暫くすれば治るだろう。
いっそ、癒えぬ怪我を負っていれば。死に瀕したのが俺であれば。あいつは俺を責めたりしないんだろう。そんな愚かな考えすら一瞬浮かんでしまう。俺と言う、奴は。

「やれやれ、だぜ…」

早く、早く目を覚ましてくれ。このままじゃ。




息の仕方も忘れてしまう
出来れば笑って俺を呼んでくれなんて

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